財務省が2016年8月末に取りまとめた概算要求の総額(国の一般会計)は約101兆円で、100兆円の大台を3年連続で突破した。2016年12月に閣議決定する2017年度予算案に向けて、これから本格的な予算編成が始まる。その際、歳出抑制の主な対象となるのは、医療・介護を含む社会保障費である。
このような状況の中、OECDが衝撃的なデータを公表した。保健医療支出(対GDP)など保健医療関係の最新データだ。このデータが衝撃的である理由は、2015年の日本の保健医療支出(対GDP)が、OECD加盟35か国中3位(米国とスイスに次ぐ)に急上昇したからである(図表1)。
厚生労働省は、財務省との予算折衝などにおいて医療予算の増額を要求するとき、高齢化が進展しているにもかかわらず、日本の医療費が先進国の中で低水準かつ効率的である根拠として、保健医療支出(対GDP)の国際比較を利用してきた。しかし日本の保健医療支出が3位であることが事実であれば、その根拠が弱まる可能性がある。
OECDの「保健医療支出」は、(1)「国民医療費」に、(2)介護保険に係る費用のほか、(3)健康診査や(4)市販薬の売上などの費用を加えた概念。急上昇した主な原因は、保健医療関係データの基準をOECDが変更したことである。
旧基準(A System of Health Accounts 1.0)に基づけば、近年の日本のランキングは10位前後。例えば2014年の日本の保健医療支出(対GDP)は10.1%で、OECD加盟35か国中10位(米国、オランダ、スイス、スウェーデン、ドイツ、フランス、デンマーク、ベルギー、カナダに次ぐ)であった。
だが、新基準(A System of Health Accounts 2011)を適用すると11.2%になり、その順位は(微妙な差で)3位だが、2位のスイスと同水準に急上昇する。「高福祉国家」の象徴であるオランダ、スウェーデン、デンマークなどよりも上位となる。
データを精査すると、日本が置かれた状況は、より深刻である可能性もある。というのは、新基準を適用すると、2014年と15年は3位だが、2011~13年の間、OECD加盟35か国中2位(米国に次ぐ)であったからである。
これは、米国を除けば、2011~13年の間、日本の保健医療支出(対GDP)はOECD加盟国34か国中1位となっていたことを意味する。米国の医療は原則的に自由診療であり特殊であるため他の国と同列に比較することはできない。
これは一体、何を意味するのか。日本の保健医療システムは、1961 年に掲げた「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」という理念の下、最近まで、比較的少ない負担で質の高い保健医療サービスを提供してきた。これは事実だが、高齢化により医療費が伸びる事態は避けがたくなりつつあるということだ。
例えば、厚労省の推計(「社会保障に係る費用の将来推計について《改定後(平成24年3月)》」)では、2015年度に約50兆円であった医療・介護費は、2025年度には約74兆円に膨らむ見通しである。団塊の世代が全て75歳以上になるからだ。この10年間で、医療費は約40兆円から約54兆円に、介護費は約10兆円から約20兆円に増加するという試算だ(合計24兆円)。これは2025年度に向けて、医療・介護に関する抜本的な改革が急務であることを示唆する。
対象範囲の見直しで順位が上昇
日本の介護保険に係る費用では、旧基準には含まれなかった38サービス(例:「通所介護」「訪問入浴介護」「認知症向けの生活介護」)が含まれることになった。これが日本の順位が急上昇した大きな要因である。
今回の基準変更に伴い、日本以外に、保健医療支出(対GDP)が大幅に変化した国はどこか。2013年のデータに基づき、比較したのが以下の図表2である。図表では、「変化幅」を「新基準の保健医療支出(対GDP)から旧基準のものを引いた値」と定め、変化幅の大きい順に左側から並べた。
変化幅はアイルランド(2.37%ポイント)、英国(1.47%ポイント)、日本(1.09%ポイント)、フィンランド(0.87%ポイント)、スペイン(0.23%ポイント)の順で大きく変化した。
新基準に基づく公表は今回が初めて。対象となった国々の医療・介護制度は極めて複雑かつ多様であり、新基準で加算すべき他の国の介護関係コストなどに見落としがあれば、今後順位が変わる可能性も十分にあり得る。各国の数値は慎重に評価する必要があることはいうまでもない。
ただし、日本の保健医療支出(対GDP)が今後も上位を占める場合、それは我々に重い宿題を突きつけることになるはずだ。財政赤字が恒常化して債務残高が対GDPで200%を超える中、社会保障の給付と負担のバランスを含めて再検討する必要が生じる。
その場合、改革の哲学や方向性が重要なカギを握る。この連載コラムでも、「医療費の自己負担率を疾病別に:実態調査で試算」や「『地域包括ケア・コンパクトシティ』構想の課題」で改革の方向性を示してきた。先般、『2025年、高齢者が難民になる日 ―ケア・コンパクトシティという選択』(日経プレミアシリーズ)を刊行し、より踏み込んだ包括的な政策提言をしている。
「地域包括ケア・コンパクトシティ」構想は一つの試案だが、今回の保健医療支出(対GDP)に関するOECDの公表を受けて、医療・介護の抜本改革に向けた政策論争が広がることを期待したい。