メディア掲載  グローバルエコノミー  2016.08.31

バター不足、TPPで深刻化へ-時代遅れの酪農振興策が招く悲劇-

金融財政ビジネス 2016年8月18日掲載

 ここ数年バターが不足するようになったのは、雪印乳業(現雪印メグミルク)集団食中毒事件で脱脂粉乳の需要が減少し、これに合わせて生乳(搾ったままの牛の乳)生産を調整するようになったからである。農業界でも注目されていないが、環太平洋連携協定(TPP)交渉で脱脂粉乳と成分の近いホエイの関税が大幅に削減され、いずれ撤廃されることになった。ホエイの輸入増大で脱脂粉乳の生産が縮小すれば、バター不足は一層深刻化する。これを回避しようとすれば、酪農政策にとどまらず農業政策全般にわたる抜本的な改革が必要となる。


足りない本当の理由

 2014年からバターが不足している。

 ある農業経済学者はその原因として、酪農家の離農問題があるとし、それは生乳の価格が上がらず、酪農家の経営が苦しいためだと言う。わが国は、もっと酪農保護を高めるべきだというのだ。

 しかし、最近になって突然、酪農家が離農し始めたのではない。酪農家の戸数は1963年の42万戸から2000年には3万戸にまで大きく減少し、それからは微減続きで現在2万戸となっている。この10年間、酪農戸数の減少は毎年4~5%程度で推移している。戸数は減少しているが、1戸当たりの飼っている牛の数は増加しているので、全体の乳牛頭数の減少は毎年1~2%と微減である。1頭当たりの乳量も増加している。生乳生産に影響するような離農はない。長期に見れば、酪農家戸数は50年間で40万戸から2万戸へ、20分の1に減少したが、生産量は200万トンから800万トンへ4倍に増加している。

 また、離農と経営との間にも関係はない。乳価は09年に引き上げられたし、副産物である子牛価格も大幅に上昇しているので、酪農経営は好調である。14年度酪農家の年間所得は974万円、コメ農家の所得412万円の倍以上である。

 この農業経済学者の説明を真に受けた報道もあったが、バター不足について多くのマスメディアは次のように説明した。バターは酪農家が生産する生乳から作られる。生乳は乳代が高い飲用牛乳向けに優先的に供給され、残りがバターや脱脂粉乳などの乳製品の生産に回される。このため、飲用牛乳の消費の減少率よりも生乳の生産量の減少率が大きい時は、バターや脱脂粉乳などの乳製品向けの生乳の供給量は、全体の生乳生産量の減少率よりも大きく減少する。13年の飲用牛乳向けの供給量は前年比1.1%の減少で、生乳生産量の減少率(2.1%)がこれを上回ったため、バターや脱脂粉乳などの乳製品向けの生乳の供給量は、8.1%も減少することとなった。

 しかし、この説明には次の点に答えていない。

 第一に、バターや脱脂粉乳などの乳製品向けの生乳供給量の減少幅は、10年が11.6%、11年は9.2%と、13年の8.1%よりも大きかったのに、10、11年はなぜ、バター不足が起きなかったのか?

 第二に、脱脂粉乳をめぐる疑問。脱脂粉乳は、生乳からバターと同時に生産される。生乳から水分を除くと、脂肪分と脂肪以外のたんぱく質や糖分などの無脂乳固形分が残る。脂肪分からバターが、無脂乳固形分から脱脂粉乳が生産される。これら乳製品向けの生乳供給量が減少したので、脱脂粉乳の生産量も10年12.6%、11年9.3%、13年8.9%と減少している。しかし、なぜ脱脂粉乳は不足しないのだろうか?

 第三に、国際需給の問題。14年以降、国際市場では欧州の暖冬による生産増加、ロシアや中国の買い付け減少などで需給が大幅に緩和し、同年10月のバターの価格は年初からは半分、前年比では4割も下落した。なぜ、国際市場では過剰にあるバターが、国内では不足するのだろうか?

 では、バターが不足する本当の理由は何だろうか?・・・


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