メディア掲載  グローバルエコノミー  2016.04.22

TPP審議と社会党化する民進党

WEBRONZA に掲載(2016年4月8日付)
民進党の掲げる二つの論点

 環太平洋経済連携協定(TPP)と農業などの関連法案が4月5日国会審議入りした。

 民進党の大きな論点は、二つである。一つは、甘利元TPP担当大臣とフロマン米国通商代表との交渉議事録を政府に要求し、それがないと何を譲り何を取ったのかわからないとして、審議に入れないというものである。交渉の中身が開示されない秘密交渉だという点を問題にしているのである。

 二つ目は、「米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物などの農林水産物の重要品目について、引き続き再生産可能となるよう除外又は再協議の対象とすること。十年を超える期間をかけた段階的な関税撤廃も含め認めないこと」と決議した、国会の農林水産委員会の決議に違反しているという点である。米などの重要5項目のうち、およそ3割の品目で関税が撤廃されていることが、国会決議違反だというものである。

 これに対して政府側は、最初の点について、石原大臣は、「交渉参加国は、秘密保護に関する書簡により、各国との具体的なやり取りは公表しないと決められており、交渉段階での情報を説明するのに制約があることは理解いただきたい。今後の審議でも、TPPの各規定の内容や趣旨、解釈などについて丁寧に説明を行っていく」と答弁している。

 二点目について、安倍総理大臣は、「交渉を主導することで、農林水産品のおよそ2割について関税などによる保護を維持し、厳しい交渉の中で国益にかなう最善の結果を得ることができた。米などの重要品目については、関税撤廃の例外をしっかり確保しており、交渉結果は国会決議の趣旨に沿うものと評価していただけると考えている」と答弁している。

 この後、与野党で協議が行われ、TPPを審議する特別委員会の理事懇談会で、政府側から、ほとんどが黒塗りされているものの交渉の論点を記した資料が提出されたことから、与野党は、6日委員会を開いて議案などの趣旨説明を受けたうえで、7日から2日間、安倍総理大臣の出席を求めて質疑を行うことで合意したと報道されている。

 以上が事実関係である。ガット・ウルグアイ・ラウンド交渉などの通商交渉を担当したものとして、コメントしたい。


ほとんどの外交交渉は秘密交渉だ

 まず、最初の点について、通商交渉を含め、ほとんどの外交交渉は秘密交渉である。これは外交だけではなく、民間の私企業同士の交渉も同じだろう。一般の人にやり取りを開示しながら交渉するという例は、寡聞にして存じあげない。

 今回のTPP農業交渉では、途中の段階でほとんど最終合意の内容が推測できる報道がなされていた。日本政府の誰かがリークしたとしか思えない。これは、ガット・ウルグアイ・ラウンド交渉に比べると、はるかに交渉内容の開示レベルは高い。

 同交渉では、1993年12月15日に設定された交渉デッドラインの5日前に、部分開放という代償を払うことで米の関税化を回避するという内容が、日本政府に通知されるとともに一般に公表されたに過ぎない。国民はあのとき初めて米交渉の結果を知らされたのである。1993年に民進党の岡田代表は秘密交渉を行っていたはずの与党サイドに属していたはずだし、野党だった自民党も日米秘密交渉の内容を開示しろと詰め寄ることもなかった。

 他の国でも、例えば豪州は医薬品のデータ保護期間やISDS条項など難しい政治的な問題を抱え、豪州政府もある程度妥協して交渉をまとめたはずだが、豪州議会がアメリカとの交渉の具体的なやり取りを開示しないとTPP協定の審議に入れないなどと言っているのだろうか?

 要するに、国会は、交渉の経緯ではなく、その結果内容が妥当かどうかを議論する場なのである。それについて異論があるなら、堂々と議論すればよいだけのことである。

 なお、交渉でいちいち議事録なるものは作らない。しかし、交渉者は自分のメモに基づいて本国に報告電報を打つ。それがないはずはない。ウルグアイ・ラウンド交渉が終わってしばらく、情報公開法が制定されるや否や、マスコミ各紙は一斉に報告電報の開示を求めた。その際、政府は、私たち交渉参加者の名前だけを残し、他はほとんど黒塗りした電報を開示した。今回政府が提示した文書と似ている。交渉経緯の開示というのは、その程度なのである。


TPP交渉の結果は国内農業にほとんど影響しない

 第二の点については、これまでもWEBRONZAで述べてきたように、私は今回のTPP交渉の結果は、国内農業にほとんど影響を及ぼさないと判断している。
(http://webronza.asahi.com/business/articles/2015101200001.html)

 実施される過剰なまでの関連対策を考慮すると、なおのことだ。関税についても、原則すべての関税を撤廃することが求められた交渉のスタートラインからすれば、自動車で代償を払ったとはいえ、ほとんどの農産物の関税は維持した(しかし、影響がない交渉結果なので、国内農業の改革にはなんらつながらないものとなってしまった)。影響があるとするのであれば、民進党はそれをはっきり示すべきだろう。

 また、国会決議というが、各党の農林族議員が集まっている農林水産委員会の決議があるだけである。与野党を問わず、農業保護について同じような意見の持ち主ばかりなので、異論なくすんなり出来上がったのが、この決議である。

 これは農業界の意見をまとめただけのもので、国民各層の意見を集約したものではない。なぜ、本会議で決議しなかったのか。産業界など異なる意見もあるから、できなかったのだ。また、ウルグアイ・ラウンド交渉時は、米は一粒たりとも入れないという衆参の本会議の決議が4回も行われた。それなのに、大局を見て、政府は約80万トンの米の部分開放に踏み切った。決議は国会の意向を示すもので、最後まで政府を拘束するものではない。本当に拘束したいなら、法律を作るべきだった。

 4月5日、在京の某国大使館主催のレセプションがあり、昔一緒に通商交渉を担当した友人たちと再会した。彼らも、民進党はTPPの内容について攻め手がないから手続きの問題を一所懸命になって突いているのだろうという意見だった。

 民主党が下野した際、WEBRONZAで、政権奪取と転落のプロセスが、戦後の片山哲・社会党内閣と似ていると、述べたことを思い出した。その後の日本社会党は、政府に異議を述べるだけの1.5政党制に甘んじてしまった。民進党がその轍を踏まないことを、岡田代表に期待したい。


民進党へのお願い

 最後に、民進党のみなさんにお願いがある。旧民主党は、TPPに入るかどうか、堂々巡りの小田原評定を繰り返し、結局何も決断できなかった。あの時、民主党の内部の会議でどのような議論が行われたかを書き留めた議事録をぜひ公表していただきたい。

 民主党の意思決定のプロセスについて研究するうえで、政治経済学的に大変参考になるはずである。