メディア掲載  外交・安全保障  2016.04.08

北朝鮮崩壊・・・その時日本は

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2016年3月31日)に掲載

 先週末、筆者が所属するキヤノングローバル戦略研究所が政策シミュレーションを実施した。テーマは北朝鮮の金正恩体制崩壊。近未来、同国でクーデターが発生し、内戦の末新政権が発足するという想定だ。

 この種の演習は22回目だが、今回は大手SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)企業の全面的協力を得て、さらにリアルなゲームとなった。

 参加者は現役官僚から企業関係者や学者、ジャーナリストまで30人を超えた。各人は日米中韓露の各政府とメディアチームに分かれ、24時間仮想空間での政治軍事危機を体感した。今回も多くの教訓が得られたが、本稿ではその一部を筆者の責任でご紹介する。

 今回は2021年を想定したが、金正恩政権は決して盤石でない。中国が本気で北朝鮮の政権交代を望めば、それは実現し得ると直感した。

 地の利を持つ中国の戦略と行動は明確だった。彼らの戦略目標は北朝鮮国家の維持である。中国チームは北朝鮮新政府の支持と親中派政権の確立に腐心した。軍事面では、北朝鮮内安定化のための迅速な出兵、核・ミサイル確保のための特殊部隊派遣などにより、米韓軍事介入の阻止を最優先していた。

 朝鮮半島に派遣される国連軍の中核たる米韓両軍はあらかじめ定められた作戦計画に基づき行動するはずだった。休戦が破られれば、米韓は軍事行動をほぼ自動的に始める。在日米軍は後方部隊として活動を開始、自衛隊もその後方支援を行うことが想定されていた。だが今回の事態は北朝鮮の内戦だ。米国は本格的軍事行動を躊躇し、半島の現状維持を最優先する。

 かくして今回米韓作戦計画は発動されず、米韓日の初動は遅れた。日本はもちろん、米韓間でも、何が戦略的利益かにつき認識のズレがあった。現実の世界でも、欧州や中東で忙殺される米国が北朝鮮内戦に慎重対処し、初動が遅れる恐れは十分あると感じた。

 米韓が国連軍として行動できない中、中国は北朝鮮新政権からの要請を理由に、中朝友好協力相互援助条約に基づく派兵を正当化した。危機の際の軍事行動には、常に国際的大義名分を詰めておく必要があることを痛感した。

 残念ながら、主要国政府は日本など眼中になかった。北朝鮮政変に際し、日本チームの時間の大半は邦人保護、拉致問題など国内問題に費やされ、国益に関する議論に明確な結論は出なかった。新安保法制があるにも関わらず、自衛隊による軍事力行使の議論は進まず、日本の初動は大幅に遅れた。

 しかも、今回のように米国が朝鮮半島危機に慎重に対応する場合は日本としても動きにくい。結果的に、日本は「蚊帳の外」に置かれることが多かった。

 最後に、今回のシミュレーションで得られた教訓を幾つか挙げておこう。

 日本の国益は、邦人保護だけでなく、中長期的利益を含むことを国民は知るべきだ。

 迅速かつ果敢な軍事的決断が全ての結果を左右することを国民は銘記すべきだ。

 そうした迅速な決断には政治レベルで、健全かつ正確な軍事知識が不可欠となる。

 残念だが危機の際、日本ができることには限界がある。今回も日本チームの議論は、邦人・拉致被害者の保護、サイバーテロによる停電への対処などに多くの時間が費やされた。動きの慎重な米政府に対し日本側から積極的に働き掛けることもなかった。

 東アジアが世界最大の経済圏となりつつある今、日本が果たすべき責任の大きさを痛感させられた。

 最後に、このシミュレーションに参加・協力いただいた各方面の関係者の方々に対し、心より御礼申し上げる。