米大統領選の共和党予備選挙は15日の天王山で反トランプ派が善戦した。注目されたフロリダ・オハイオ両州はトランプ氏の1勝1敗だったが、7月の党大会の行方はいまだ分からない。それにしても、この驚くべき「トランプ現象」をいかに理解すべきか。筆者はトランプ旋風が米共和党内だけの騒ぎではなく、米民主党、更には欧米諸国や世界各地にも見られる新しい政治現象ではないかと考え始めている。
今月第1週の出張はまさかの世界一周だった。6泊8日で成田・ブリュッセル・ワシントン・成田を飛んだ。体力的にはつらかったが、得たものも少なくなかった。最大の収穫は欧米の政治現象、すなわち米国のトランプ旋風と欧州での醜い民族主義の再台頭が本質的に同根と確認できたことだ。
ベルギーと米国では国際シンポジウムに参加した。ブリュッセル・ワシントン間は米ユナイテッド航空を利用した。同フライトは世界のテロリストが狙うターゲット。そう思うと異常に緊張した。確かに、ブリュッセルでは2人一組で警戒・監視を続ける完全武装の治安部隊兵士を市内各地で見かけた。ベルギーの空港での身体検査も予想以上に厳しかった。欧州でのテロの脅威は今も現実のようだ。
ブリュッセルでは欧州の識者たちの話をじっくり聞けた。英のEU脱退がまことしやかに語られ、仏はテロ対策に余念がなく、難民受け入れに前向きな独与党は選挙で苦戦していた。欧州の人々は、非キリスト教徒移民の流入による既得権喪失を恐れ、EUや各国のエスタブリッシュメントに対する怒りと不信感を強めているようだ。欧州を2つの世界大戦に導いたこのどす黒いエネルギーが、東西冷戦終了後、再び欧州各国で大衆迎合的民族主義を増幅しているのだと確信した。
こうした欧州の時代感覚はワシントンでも大いに役立った。トランプ旋風と欧州政治の混乱には多くの共通点がある。
トランプ候補は米国社会の「ダークサイド」を代弁する政治家だ。トランプ氏が依存し扇動するのは、白人・男性・低学歴・ブルーカラーを中心とする現状不満層だ。中産階級からの没落を恐れる彼らの経済的困窮とイスラム・不法移民に対する反感は現実のもの。彼らが不健全で暴力的な理由はワシントンとエスタブリッシュメントに対する怒りと不信のためだ。
トランプ現象は、米国社会の「影」の部分にたまったマグマが噴出した結果だろう。されば、トランプ旋風は米共和党内だけの現象ではなく、ワシントンの「光」を体現する民主党クリントン候補にも向かうはずだ。これこそ彼女が民主党予備選挙で楽勝できない理由の一つである。
こう見てくると、トランプ現象とは米国独自のものではなく、欧州で渦巻いている醜く不健全な大衆迎合主義的ナショナリズムの「米国版」にすぎないことが分かるだろう。欧州の政治的混乱は、その本質において、米国のトランプ台頭と同根だ。恐らくこの種の政治現象は今後形を変えて世界中に拡散していくに違いない。
ワシントンで再会した旧友たちも懸念を隠さなかった。トランプ現象の最大の敵が彼らの住む「ワシントン」であることを本能的に察しているからだろう。首都ワシントンに長く住めば住むほど、彼らは米国内各地方の実態からかけ離れていく。ワシントンは本当のアメリカではない。今のワシントンにトランプ旋風を止める力はないだろう。
どうやら世界は再び混迷の時代を迎えつつあるようだ。米国の民主主義はこのままトランプの台頭を許すのか、それとも有権者が健全な判断を下して大衆迎合主義的ナショナリズムを排除するのか。米国だけではない。今問われているのは世界の民主主義諸国の健全性と強靱性である。