メディア掲載  外交・安全保障  2016.03.04

実力以下の米国外交

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2016年3月3日)に掲載

 イラン核関連合意、対キューバ国交正常化合意、シリア停戦合意、対北朝鮮制裁米中合意。いずれも過去半年間に米国が結んだ合意だ。オバマ政権は外交的成果だと胸を張る。短期的にそれなりの意義もあろう。だが、中長期的には真の問題解決に資するか疑問なしとしない。同盟国批判は本意ではないが、今回は2016年3月時点でのオバマ外交を評価してみよう。

 まずは対イラン。昨年7月発表された最終合意では、イランのウラン濃縮を今後15年、濃縮度3.67%以下とし、遠心分離機を削減し、核施設査察と制裁措置を軽減・撤廃するとされた。しかし、これでは最長15年後に核兵器開発を再開する可能性は残る。イランの喫緊の課題は制裁解除であり、核開発は今後適当な時期に再開すればよい。一度制裁が解除されれば、制裁の再発動は難しく、IAEA(国際原子力機関)査察の効果も限定的だ。稼働遠心分離機数は現在の4分の1となるが、低濃度の濃縮ウランと5千基の遠心分離機があれば将来核兵器開発も不可能ではない。要するに、この合意ではイランの核開発を阻止できない可能性が高いのだ。

 キューバは割愛し、次は北朝鮮。2月末、米中は対北朝鮮追加制裁の安保理決議案に合意した。今回は航空燃料輸入や金、チタン、レアアース、石炭、鉄鉱石輸出を対象に含め、北朝鮮に貨物検査を義務付けるなど従来より「格段に強化」されたという。だが仮に航空燃料があっても北朝鮮空軍は既に航空博物館の状態。中朝国境貿易、外貨稼ぎの北朝鮮労働者、北の衣類輸出は除かれている。これでは北朝鮮の政策変更は望めない。

 最後はシリア。同国内戦については2月末、米露がようやく停戦実現で合意した。しかし、「イスラム国」など過激派は参加せず、アサド政権の将来など停戦後の青写真も見えない。これでは内戦完全終結の可能性は低いだろう。

 もうこのくらいにしておこう。懸念すべきは合意内容だけではない。筆者が抱くのは、合意に至る過程で米国が「必要以上に足元を見られた」のではないかという疑問だ。イラン核合意では同国の核開発計画を完全に断念させることができなかった。核兵器開発を放棄させた南アフリカやリビアなどとは大違い。対北朝鮮追加制裁では中国と決議案で合意したものの、採択そのものは遅れた。ロシアへの根回しが不十分だったからだ。内容的にも北朝鮮に核開発を断念させるレベルの厳しい措置ではない。米軍が駐留する韓国との緩衝地帯放棄を望まない中国が、北朝鮮の「生命維持装置」を外すことに強く抵抗したからだろう。

 シリア内戦の停戦合意も同様だ。停戦合意を主導したのは米国ではなく、昨年9月末から軍事介入を開始したロシアだった。劣勢だったアサド政権はロシアの支援で窮地を脱し始めた。この時点での停戦では同政権の退陣など望めない。ここでも米国はロシアやイランに振り回されているのではないのか。

 これらは巷(ちまた)で言われる「米国の衰退」の結果ではない。世界一厳しい競争が続くこの巨大移民社会の底力を過小評価すべきではない。これらが暗示するのは、むしろオバマ政権の外交が米国の「実力以下」である悲劇だろう。さらに気になるのは、今後米国外交の「実力」そのものも低下していく可能性があることだ。

 その典型例が米大統領選での「トランプ旋風」なのかもしれない。米国の「影」である、非エリートの白人、男性、低学歴、ブルーカラー層を代弁する「ポピュリズム」政治家では世界をリードできない。トランプ候補に決定的に欠けているのは米国の「光」を代表しようとする矜持(きょうじ)だ。このままでは米国の凋落(ちょうらく)が現実ともなりかねない。今はトランプ候補躍進が米社会の劣化を示すものでないことを祈るしかない。