メディア掲載  外交・安全保障  2016.02.26

ピョンヤンの「異なる時間」

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2016年2月18日)に掲載

 北朝鮮がまたやってくれた。1月の「水爆」実験に続き、今月7日には長距離弾道ミサイル発射実験を強行した。いずれも安保理決議違反だが、金正恩(キム・ジョンウン)第1書記は意に介さない。なぜ今なのか、とよく聞かれた。春節に合わせたか、金正日(ジョンイル)総書記の誕生日2月16日前を狙ったのか。

 筆者はいつもこう答える。「北朝鮮で流れる時間はわれわれとは異なる」と。科学者ではなく、核兵器製造技術にも疎い筆者だが、北朝鮮の動きにパターンがあることぐらいは分かる。北朝鮮が核兵器開発を本格化させたのは1993年頃だが、NPT(核拡散防止条約)脱退を宣言したのは2003年1月。それ以降の北朝鮮の動きには法則があるようだ。

 06年7月 ミサイル発射実験▽同年10月 第1回核実験▽09年4月 ミサイル発射実験▽同年5月 第2回核実験▽12年4月 ミサイル発射失敗▽同年12月 ミサイル発射▽13年2月 第3回核実験▽16年1月 第4回核実験▽同年2月 ミサイル発射実験。

 以上の通り、北朝鮮は03年からほぼ3年おきにミサイル発射と核実験を相前後して行っている。例外は金正恩が第1書記に就任した12年だが、何らかの理由で計画が遅れたのだろう。要するに、北朝鮮は技術的または資金的な理由でミサイル発射や核爆発の実験を約3年に1回のペースで進めている。北朝鮮での時間は、われわれとは異なり、「3年サイクル」で勝手に流れている可能性が高いのだ。

 一方、金正恩時代になって変わったこともある。国営ニュースは、東倉里発射場近くに設けられた管制施設のバルコニーから、発射されたミサイルを見上げる金第1書記の姿を報じた。これが合成でなければ、金第1書記は発射当日現場にいたということになる。米中韓いずれも妨害などできないと足元を見たのか。何とも大胆不敵な振る舞いだ。

 筆者の見るところ、金第1書記が不遜な態度で米中韓の足元を見る理由はこうだ。


●韓国は戦わない
 1950年代ならともかく、今のソウルに第二次朝鮮戦争はあり得ない選択肢だ。もちろん、北朝鮮と米韓連合軍が戦えば戦争は数週間で終わる。しかし、その間北朝鮮の遠距離砲から発射された何万発もの砲弾でソウルは文字通り「火の海」となる。その結果、米韓は戦争に勝つが、韓国経済は崩壊する。韓国がそのような選択をするとは思えない。実際、韓国は海軍艦艇「天安」が撃沈されようが、「延坪島」が砲撃されようが、大規模軍事行動は起こさなかったし、これからも起こせない。60年前とは異なり21世紀の韓国には失うものがあまりに多過ぎるからだ。
●米国も戦えない
 韓国に戦意がなければ、米国としても戦いようがない。かかる状態は既に90年代に始まっていた。94年に米韓連合軍が北朝鮮の核施設を攻撃しなかったのも同様の理由だ。韓国は今後も、米中のはざまで独自の動きを模索するだろう。北東アジアで存在感が低下しつつある米国も従来の「日米韓」連携戦略を部分的ながら見直す必要に迫られるかもしれない。
●中国も北朝鮮は切れない
 一方、北京も北朝鮮など信じてはいない。かといって見捨てるわけにもいかない。北朝鮮を失うことは、独立、自由、民主的で、潜在的に反中の、米軍が駐留を続け、核兵器技術を持つ統一朝鮮国家と直接国境を接することを意味するからだ。中国にとって韓国との緩衝国・北朝鮮の重要性は今も変わっていない。
●ロシアは様子見する
 クレムリンは北朝鮮問題の主要プレーヤーではないが、そこは強かに漁夫の利を得る権利を主張するだろう。

 日本ができることには限りがある。だが、日本の地政学的利益は、独立、自由、民主、非核で繁栄し、米軍が駐留する統一朝鮮半島だ。これだけは忘れないでほしい。