今回の原稿は台北発羽田行きの機内で書いている。台北は前回総統選以来4年ぶり。今回は立法院(議会)委員選とのダブル選挙だったが、帰国便の中で読んだ本邦各紙報道には幾つか違和感を持った。今回のテーマは、台湾民主選挙に関する東京と台北のギャップである。
まずは各紙社説の見出しから。「現状維持を出発点に」(朝日)「中台関係の安定化図れ」(毎日)「問われる対中政策」(日経)「対中急接近が生んだ新政権」(読売)「民意踏まえ賢明な道探れ」(産経)。いずれも正論で文句はない。違和感があったのは台湾民主主義の評価の部分だ。「台湾政治は進化を続けている」「台湾で民主主義に基づく政治体制が定着し、平和的な政権交代が当たり前になったことを歓迎する」。おいおい、随分と上から目線じゃないか。
台湾の有権者と話したが、彼らは感情的どころか、予想以上に冷静だった。選挙翌日も台北は平静。「歓迎する」だって? 台湾民主主義はもう成熟している。今回の政権交代も特別な事件ではない。政府関係者も動揺などせず、「次は民進党政権だから、私はクビです」などと達観しているそうだ。政権交代に関する限り、台湾民主主義は日本と同じくらい「経験豊か」なのである。
次の違和感は民進党勝利の意義に関するものだ。今回の選挙の本質は「国民党の惨敗」であって、必ずしも「民進党の圧勝」ではない。民進党、蔡英文候補は前回より80万票上乗せして勝利した。これに対し、国民党は前回の689万票から300万票以上も票を減らしている。民進党の最大の勝因は国民党の自滅だったのだ。
台湾有権者が中国に対し「ノーを突き付けた」という分析にも違和感がある。今回国民党が票を減らした最大の理由は経済の停滞だからだ。過去8年間、庶民が望んだのは豊かな生活だった。ところが、馬英九政権の下、物価が上昇する中、実質賃金は伸び悩んだ。大学新卒は就職難で初任給も減少しているそうだ。これでは若者が国民党を見限るのも当然ではないか。
台湾の有権者は6割以上が自らを「中国人」ではなく「台湾人」と考えている。彼らが「統一でも独立でもない」現状の維持を求めたことも事実だろう。だが、人々の不安の根源は、馬政権の「傾中」政策に対する危機感というよりも、国民党の経済政策では「生活が改善しない」という強い不満ではないか。
これらの違和感が暗示することは何か。それは、今回の圧勝にもかかわらず、蔡英文新総統・民進党が今後統治に成功する保証などないという厳しい現実だ。政権交代によって台湾経済が劇的に成長するわけではない。5月20日の就任式までの政権移行期間に、主要ポストの人事、国民党の巻き返しの可能性など新総統の悩みは尽きない。
それにしても、今回も台湾選挙に対する大陸中国の対応はお粗末すぎる。それを象徴するのが「周子瑜」事件だ。彼女は韓国で活躍する16歳の台湾出身アイドル。昨年韓国のテレビ番組で台湾出身をアピールすべく青天白日満地紅旗を振った女の子だ。大陸中国では「台湾独立派」だと批判され、中国本土での出演が突然キャンセルされたという。彼女は投票日前日にビデオ謝罪に追い込まれたが、これが逆に台湾の若者の国民党離れを助長したそうだ。
この話を聞いて、筆者は1996年を思い出した。当時中国は台湾初の民主的総統選挙に圧力をかけるべく台湾海峡にミサイルを発射した。結果は逆効果で、米海軍が2隻の空母を派遣し、李登輝総統が当選した。なぜ彼らは、圧力をかけるほど、反中感情が高まることが分からないのか。やはり、今の中国に民主主義は無理のようである。