メディア掲載  外交・安全保障  2015.12.03

「イスラム国」問題は長期化 

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2015年11月26日)に掲載

 再びパリでおぞましい事件が起きた。「イスラム国」による卑劣なテロで130人を超える無辜(むこ)の市民が殺害された。欧州版「9・11」が始まったのだ。宗教に名を借りたこの許し難き蛮行に驚愕(きょうがく)と憤りを禁じ得ない。犠牲者のご冥福を心からお祈りしたい。

 残念ながらイスラム過激テロは進化しつつある。「イスラム国」は小規模テロ諸集団の緩やかな連合体の一つにすぎないが、その能力を欧州は過小評価したようだ。今回の事件は「国境のない欧州」という夢の終焉(しゅうえん)だけでなく、欧州における民族主義、排外主義、反移民主義の拡大をも暗示している。

 なぜパリだったのか? 直接の理由はアフリカ・シリアでの仏の軍事介入への反発だろうが、対象がパリのみのはずはない。テロリストは最小の犠牲で敵対者に最大の恐怖と衝撃を与えようと試みる。パリに限らず、西欧主要都市にはイスラム移民の「海」がある。若者の疎外感は過激主義からの誘惑に脆弱(ぜいじゃく)だ。不満は貧困層だけでなく、インテリ層にも広がっている。

 旧植民地から多くのイスラム教徒移民を受け入れた英仏国内のムスリム人口は全体の5~8%に達する。イギリスが移民の宗教・文化を尊重するのに対し、フランスは世俗主義の尊重を移民に求めるなど手法は異なるが、新移民に深い疎外感を抱かせた点は同じだ。問題の本質は既存欧州社会との格差と根強い差別への反発だ。宗教は原因ではなく、結果なのである。

 ではなぜ仏警備当局はテロを防げなかったのか。情報収集体制不備を指摘する声もあるが、筆者は懐疑的だ。犯人たちはジハード(聖戦)で殉教する覚悟だから、そもそもテロの抑止は難しい。しかも彼らには最も脆弱なターゲットを選ぶ自由がある。「イスラム国」などと称してはいるが、決して一枚岩の強固な組織ではない。だが、個々の集団が小規模だからこそイスラム移民の「海」で深く潜航できるのだろう。これに対し、当局側は全ての場所を守る義務がある。要するに、「テロとの闘い」は攻撃側が圧倒的に有利なゲームなのだ。

 今の「イスラム国」に2014年7月のような勢いはない。他方、それが空爆により直ちに弱体化する可能性も低いだろう。彼らの戦略は一貫している。最近支配領域外テロが相次いだ理由は「方針変更」よりも「能力向上」の結果と見るべきだ。

 では国際社会はどう対応すべきか。「イスラム国」がテロ攻撃を続ける以上、武力による対応は不可避だ。他方、古今東西、空爆によって雌雄を決した戦争などない。「イスラム国」を制圧するには大規模な陸上部隊を派遣し火力で圧倒するしかない。だが、欧米はもちろん、ロシアですら大量の犠牲者を出す大規模地上戦は望まないだろう。同床異夢の米英仏露4カ国がアサド政権退陣で一致でもしない限り、会議は踊るだけだ。

 そもそも問題の根源はシリア・イラクの政治的混乱だ。責任ある役割を果たすべきはアラブ諸国だが、自己統治能力が劣化しつつある今のアラブに団結は望めない。されば、シリアとイラクで生じつつある「力の真空」を埋めるのは近隣の非アラブ国で旧帝国でもあるトルコやイランとなるかもしれない。

 いずれにせよ、「イスラム国」問題は長期化し、国際社会は難しい対応を迫られる。「イスラム国」が攻撃を続ける以上、短期的には物理的な外科手術が必要だ。さらに、中期的には欧州・関係各国で内外警備を強化する必要もあるだろう。しかし、それだけでは不十分だ。長期的に「イスラム国」のようなテロ集団を根絶するには、中東アフリカの破綻国家を再建し、まともな中央政府と正規軍を再構築する必要がある。これこそ日本が貢献できる分野だが、主要国の足並みはいまだそろっていない。日本の貢献にも限界があることだけは確かである。