メディア掲載  外交・安全保障  2015.11.27

中台首脳会談は歴史的か 

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2015年11月12日)に掲載

 「歴史的」な中台首脳会談が開かれた。異例には違いないが、筆者に高揚感はない。理由を書こう。

 報道では双方とも「92年合意」を確認したというが、実態は同床異夢だ。台湾の馬英九総統にとって「一つの中国」とは中華民国。来年1月の総統選挙で国民党劣勢を挽回すべく良好な対中関係をアピールしたかったのだろう。この程度で台湾有権者が国民党を見直すとは思えないが。

 大陸中国側も次期総統選挙で国民党に梃(てこ)入れすべく、「歴史的」首脳会談を設定する。この柔軟さは1996年の失敗の教訓だろうか。当時中国は台湾総統選挙に圧力をかけるべく台湾海峡でミサイル発射試験を行った。これに対し米国は空母2隻を派遣して中国を牽制した。結果的に、中国の脅迫は裏目に出る。総統選で中国が忌み嫌う李登輝候補が当選し、米国内では台湾支援の動きが加速した。

 それでは今回の中台首脳会談に日本はいかに対応すべきか。一部に、日本は台湾を「中国の一部」と認めており、日中国交正常化後は事実上日米安保条約の対象外になったとの俗説が流れているが、これは大きな誤りだ。日本が対中・台関係に言及した重要文書を読んでみよう。

 第1は1960年の極東の範囲に関する政府統一見解だ。「在日米軍が日本の施設及び区域を使用して武力攻撃に対する防衛に寄与しうる区域」には「中華民国の支配下にある地域」も含まれ、現在はこれを「台湾地域」と読み替えている。

 第2は69年の佐藤・ニクソン共同声明だ。第4項で米国は「中華民国に対する条約上の義務を遵守する」、日本は「台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとってきわめて重要な要素」と述べている。最後は72年の日中共同声明だ。

 第3項で日本は(台湾が中国の領土の一部であるとの)中国政府の「立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」と述べている。

 第1の統一見解は今も生きている。在日米軍は台湾への武力攻撃に対する防衛に寄与する使命を持っている。第2の日米共同声明も同様だ。今の米国に「中華民国」への条約上の義務はないが、「台湾関係法」という国内法上の義務はある。日本にとっても、台湾の平和と安全が脅かされれば、日本の安全に「きわめて重要」となるのだ。

 それは違うぞ、日中共同声明で日本は中国の立場を「十分理解し尊重」しているではないか、との反論もあろう。だが、第3項は日本が中国の主張自体を認めた趣旨ではない。72年の上海コミュニケでも米側は「両岸のすべての中国人が中国は一つであり、台湾は中国の一部であると主張していることを認識(アクノレッジ)する」としか述べていない。米国は、中国が主張するという事実こそ認めたが、主張内容自体を認めてはいないのだ。日本の考え方も基本的には同様である。

 いやいや73年、大平正芳外相は台湾問題が「基本的には中国の国内問題」だと答弁しているではないかとの反論もあろう。実はこの答弁にも深い意味がある。日本の希望は台湾問題の平和的解決であり、中台が話し合いで統一される限りは「国内問題」、結果として中台統一が実現すれば日本はこれを受け入れる。他方、中国が武力による統一を試みた結果武力紛争が発生すれば、話はまるで違ってくる、ということだ。

 今回の「歴史的」中台首脳会談は双方の戦術的判断の結果であって、戦略的方針変更ではない。日本は台湾との自由貿易協定や台湾のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)加盟など、これまで通り台湾との経済関係拡大を進めていくべきだ。中台どちらが正しいかは歴史が決めるだろう。