メディア掲載  グローバルエコノミー  2015.09.29

飲食料品軽減税率の裏側にあるもの-慈愛のこもった日本の政治-

WEBRONZA に掲載(2015年9月15日付)

 消費税を10%へ引き上げる際に、財務省は、飲食料品については2%を還付するという軽減税率の方法を提示した。酒をのぞく飲食料品には、8%の軽減税率が適用されることになる。貧しい消費者の人たちの"痛税感"を緩和するのだという。

 消費税については、"逆進性"が問題とされてきた。"逆進性"という言葉を使わずに、"痛税感"という言葉を使う。さすがに、政治家の人たちは言葉の使い方が上手だと感心した。2%も税金をまけてくれるなんて、何て慈愛のこもった政治なのだろうと、日本という国に生まれたことを、つくづく幸せに思う。

 それだけではない。我が国の主食である米と麦については、特に、戦前から"食糧管理法"の対象として、政府は責任を持って、国民への安価で安定的な供給に努めてきた。

 戦後の食糧難の時代、高いヤミ値で食料を買えない国民にも、政府は配給制度によって、一定量を安く供給してくれた。50年以上も続いた食糧管理法が1995年に廃止されたのちも、政府は食糧法(「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律」)によって、米麦の安定供給に努めてくれている。


我が国政治の慈悲深さ

 しかも、我が国の政治の慈悲深さは、消費者にだけ及んでいるのではない。飲食料品の生産者にも、あまねく及んでいる。

 主食である麦については、国産麦の生産者が国際価格よりも高い価格で製粉企業に販売できるよう、輸入麦についても100%近い課徴金を課して、輸入価格の倍の値段で製粉企業に売り渡している。

 それだけではなく、この課徴金で得られた約2千億円の収入は、生産者に直接支払われ、生産者の所得の確保に努めている。

 同じく主食の米については、4千億円の補助金を生産者に払って、生産を減少してもらう。これで米価は上がるので、生産者は高い所得を得ることができる。減反とか生産調整とか呼ばれ、40年以上も続けられている政策である。

 主食だけではない。バターは品不足になり、他の物資に先駆けて値段が上昇し、デフレ脱却に大きく貢献している。バターの国際価格は低迷しているので、輸入をすれば、国内価格を引き下げることは可能だ。しかし、それで牛乳や乳製品の価格が下がると生産者は困るので、政府は出来る限り輸入しないようにしている。

 TPP交渉でも、米、麦、乳製品だけでなく、砂糖や牛肉・豚肉についても、関税によって、国内の高い価格を守ろうとしている。飲食料品に軽減税率を適用すべきだと強く主張した政治家の人たちも、このような生産者保護の方法を維持することは、国益だと主張している。

 日本の政治は、生産者にも優しい、慈愛のこもった政治なのだ。

 しかし、このとき消費者はどうなのだろう。


国の予算をいくら調べてみても

 飲食料品に軽減税率を導入してくれた、消費者に優しい政治は、米、麦、乳製品などの価格を引き下げてくれているはずである。

 減反や関税で引き上げられた飲食料品価格の上昇分は、今回の飲食料品の軽減税率と同様、国民・消費者に還付してくれているはずである。

 しかし、そう思って、国の予算を調べても、そんな還付金はどこにも計上されていない。

 米は、2年前の減反見直しで、主食として作ってきた米を家畜のエサに向けるための補助金を大幅に積み増した。10アール当たり、主食用の販売収入7万円を大幅に上回る10万5千円が生産者に交付される。

 生産者としては、主食用に米を作るよりもエサとして作った方が有利なので、今年エサ用の米の作付けが大幅に増加した。この10年以上、減反目標は達成できなかったのが、今年はおつりがくるほど達成された。米の値段はまた上がる。

 減反がなかったとした場合の米価は60キログラム当たり7千5百円程度である。それを4千億円の税金を投入して、1万3千円位に引き上げる。米価の引き上げ幅を率にすると73%、消費者の負担総額は6千億円。40年もの間、国民は納税者として消費者として二重の負担をしてきた。トータルすると、1兆円、100%超の税負担に相当する。麦、乳製品にかかっている関税や課徴金は、100~200%である。

 つまり、政府は、米麦などの生産者保護のために、国民に高い米、パン、うどん、バターなどを食べさせてきたのである。

 10%の消費税を2%まけることが、"痛税感"の緩和につながるという政治家の人たちは、この100%を超える農業・食料品政策の"痛税感"に、何をしてくれるのだろうか?