メディア掲載  グローバルエコノミー  2015.07.27

このままのTPPでは農業の合理化は望めず-消費者が国際価格よりも高い価格を払っている現状は改善されない-

WEBRONZA に掲載(2015年7月13日付)

 TPP交渉によって、"農産物の輸入自由化が進めば、国内農業はコスト削減による合理化をせざるをえない、農協改革や農業への株式会社の参入はそのために必要なのだ"と、マスコミでは主張されることがある。

 しかし、これとは違う方向で事態は進んでいる。

 第一に、TPP交渉では、日本農業にほとんど影響のないようにしようと、日本政府は交渉しており、実際にもそのような形で合意されるようだ。

 牛肉については、38.5%の現行関税を15年かけて9%に引き下げるという。しかし、これによる影響はほとんどない。91年に輸入数量制限を廃止して関税のみの制度に移行したが、このときの関税は70%だった。現在の関税はその約半分に下がっているが、和牛の生産は減少するどころか大幅に増えている(2003年度137千トン⇒2012年度171千トン)。

 輸入牛肉と競合するのは、メスのホルスタイン(乳用種)が出産するオス子牛に、アメリカ産の輸入飼料を与えて大きくした牛である。これはスーパーでは"国産牛"という表示で販売されている。自由化後、牛肉業界は、メスのホルスタインに、和牛の精液を人工授精して肉質の高い交雑種を出産させたり、和牛の受精卵を子宮内に挿入して和牛自体を出産させたりする対応を行ってきた。

 もちろん、未だに乳用種のオス牛の生産は国内生産量の3分の1を占めるが、単価が低いので金額的には大きなものではなく、5,200億円の牛肉生産額のうち700億円程度にすぎない。関税削減で価格が下がっても現在の肉用子牛補給金制度で十分に対応できる。

 豚肉については15年かけて、安い豚肉にかかっているキログラムあたり482円の関税を50円程度まで下げ、高い豚肉にかかっている関税を2.2%にするか撤廃するという。しかし、差額関税制度という複雑な制度が適用されており、低品質の豚肉の部位には482円の関税がかかっているが、業者は高級部位と低級部位をミックスして、最も関税が安くなる方法で輸入しており、実際に払っている輸入関税は4.3%にすぎない。一見大幅な関税削減に見えるが、4.3%の関税がゼロになったとしてもほとんど影響はない。

 コメは、無税の輸入枠を拡大する方向で交渉は進められているという。しかし、これまでの無税の輸入枠で輸入されたものと同量以上のものを政府は市場から買い入れ、家畜のエサや海外への援助用に処分し、国産のコメ需給に影響がないように処理してきたのであり、これも輸入が増えて米価が低下するようなものではない。

 第二に、政府が行おうとしている政策が、自由化や合理化に逆行していることである。

 農協改革には、二つの目的があった。

 一つは、TPP反対運動の急先鋒だったJA全中の政治力を削ぐことだった。これは、JA全中の規定を農協法から削除することで、ある程度成功した。最近JA全中は、目立ったTPP反対運動を行っていない。

 もう一つは、独占的な市場支配力を行使して、肥料、農薬、機械などの資材を高く農家に売りつけ、農産物の高コスト体質を作り上げてきた全農などの農協連合会を株式会社化して、これに独占禁止法を適用することだった。これが実現していれば、高い資材価格が国際価格よりも高い農産物価格を生み、これを維持するために高い関税が必要となるという構図を打破することができた。

 しかし、全農などが株式会社に移行するかどうかを、全農などの判断に委ねてしまった。協同組合であるという理由だけで、独占禁止法の適用除外だけでなく、安い法人税、固定資産税の免除など、様々な特権を享受してきた団体が、これらを手放して株式会社化するはずがない。

 もっとも、全農などの株式会社化が実現しないとしても、これは現状維持ということである。問題なのは、自由化や合理化に真っ向から逆行する政策を、政府が展開しようとしていることである。

 それは、膨大な補助金によってエサ米の生産を拡大して、主食用のコメの供給を減少させ、米価を引き上げようとしていることである。現状の米価であれば、カリフォルニア米よりも安いので、いくら関税ゼロの輸入枠を設定しても、外米は輸入されない。

 だが、米価を上げれば、外米は輸入されるようになる。そうなれば、税金を無駄に使って、外米を処理しなくてはならなくなる。現に、輸入米を市場で流通させたと同量の国産米を買い入れ、備蓄量を積み増しするのだと報道されている。

 内外価格差を縮小して、輸入農産物に耐えられるような農業を作るために、農業には多額の公共投資を行ってきた。今行っている政策は、内外価格差をもとに戻そうとしているのである。輸出の拡大など絵空事である。

 結局、TPPで農産物の自由化が進むように見えても、消費者が国際価格よりも高い価格を払っているという現状は改善されない。農業への影響を阻止するため、国民の納税者としての負担は増大する。農業にとっても、輸出の可能性が減少するので、人口減少で縮小する国内市場に合わせて、生産を縮小するしかない。国民全ての利益を損なう。

 しかし、農林関係議員の人たちは、これで国益を守ったのだという。かれらの"国益"とは何なのだろうか?