メディア掲載  財政・社会保障制度  2015.07.14

ギリシャ危機と、嵐を呼ぶ(?)上海道中記-より本格的な危機になるのは中国のバブル崩壊-

WEBRONZA に掲載(2015年6月30日付)

 6月最後の週末は、旧知の有名エコノミストYさんのお誘いで中国・上海を訪問した。上海のある大学で日中経済についてのシンポジウムに参加するためである。日本側は団長のYさんと、大手新聞(残念ながら朝日新聞ではない)の有名コラムニストTさん、様々な分野で活躍する異能官僚のY氏、そして筆者の4人である。27日土曜日のシンポジウムを終え、28日の日曜日に雨の上海で朝食をとっているときにギリシャ支援交渉決裂のニュースが入ってきた。

 実はこの4人で上海を訪れるのは初めてではない。同じシンポジウムに過去2回参加しているのだが、最初に4人で訪れたのが2008年7月。リーマンショックの2か月ほど前のことだった。あのときは、住宅バブル崩壊に苦しむアメリカがGSE(Government Supported Enterprises)と呼ばれた住宅ローン証券買取り公社(ファニーメイとフレディマック)に対して、政府による債務保証を決定した時だった。「BSE(牛海綿状脳症)よりもGSEの方が日本にとって問題だ」と上海行きの飛行機で不謹慎な駄洒落を飛ばしていたが、私たちはまさか2か月後にリーマンショックが起きるとは予想だにしなかった。

 それから7年。

 今度は、ギリシャがEUの支援策を受諾するか否かを国民投票にかけると突然表明し、まさか決裂しないだろうと思っていたギリシャ支援交渉が決裂してしまった。「これはジンクスですね」とTさん。私たちが上海に来ると世界経済に大波乱が起きるというわけで、私たちはまさに「嵐を呼ぶ男たち」といっても過言ではないでしょう、などと真顔でのたまう。

 しかし、私たちの「嵐を呼ぶ」上海行きのジンクスがリーマンショックのときと同じなら、ギリシャ危機はあくまでGSE問題と同じ程度のいわば「前座」であり、もっと大きな本格的な危機がそのあとにやってくる、ということではあるまいか。リーマンショックなみの危機と恐れてしかるべき問題は、中国のバブル崩壊であろう。6月29日(月)の日経平均株価は600円近く下落し、今年最大の下げ幅を記録したが、その要因はギリシャよりも、午後の上海株の急落を嫌気したからだった。

 実際、ギリシャ問題だけならばおそらく欧州内に問題を押しとどめることが可能だろう。2010年と違って今回はEUの準備はかなり整っているはずだ。しかし、ギリシャをきっかけに、世界の株式市場の動揺が別の問題を誘発すれば、それは日本にとって由々しき事態となる。最大の懸念が中国経済である。

 中国経済の減速が顕著になる中で、株価(上海総合)は過去1年で2倍以上に上昇した。これは誰がどうみてもバブルである。6月は株価下落が進んでおり、これが程よい調整になるか、大暴落につながるか、マーケットは注視していた。そこにギリシャ危機が起きて、上海株大暴落の引き金を引いてしまったのではないか、という懸念が高まっているのである。

 上海株が暴落した場合、短期で問題が終息するか、それとも深刻化するか、二通りの場合がある。短期で問題が終息した事例としては、2000年の米国のITバブル崩壊がある。このとき株式市場は崩壊したが米国経済は軽微な不況になっただけで立ち直った。深刻化したケースは、いうまでもなく2008年のリーマンショック後の米国経済である。

 上海株が暴落したら中国経済はどちらのケースになるのか。楽観論も悲観論もそれなりに根拠がある。影響は軽微だという楽観論の根拠は、中国の農村部の余剰労働力がいまだ二億人もいることである。日本の高度経済成長期もそうだったが、農村から都市の工業部門に余剰労働力が移動すると、低生産性部門(農業)から高生産性部門(工業)に人が移るので、国全体での生産性が向上する。これが日本の高度経済成長の一因であり、同じことが現在の中国でも起きている。二億人の余剰人口が都市部に吸収されるにはあと10年はかかる。この点に着目すれば、これからも中国経済は堅調に成長を続け、不動産価格や株価が暴落してもすぐに持ち直して上昇を続ける、という楽観論になる。

 一方、中国経済は、設備投資が国内総生産(GDP)の45%程度を占めるという異常な構造を長年続けてきた。通常、先進国では設備投資はGDPの10%強であり、高度成長期の日本でも20%程度が最大だった。設備投資45%の中国経済には、他の先進国経済では想像もつかない過剰な供給能力が蓄積されている。過剰供給力の問題を覆い隠してきたのがバブル的な株価の上昇だった。株式バブルが崩壊して、過剰供給力の削減が本格化すれば、中国経済は深く長い不況に苦しむことになる、と言うのが悲観論の根拠である。

 楽観論と悲観論のどちらが正しいかは時間が経たなければ分からない。しかし、上海の空気は不穏だった。中国側の主張は総じて強気だったが、空元気(からげんき)ではという気配が行間から漂う。長年日本にいて上海に来たばかりだという中国人研究者が懇親会で発した言葉が気にかかる。「わたしの分析では、株価が上がるはずはないと思うのだが周囲は誰も同意してくれない。むしろそのことが不思議だ」

 下落を始めた上海株については、いったいどこに底があるのか分からない暗黒を覗くような不安がある、とも言う。話を聞くにつけ、まるで1992年の東京と同じだ、という思いを強くした。私たちの上海ジンクスが外れることを祈るばかりである。