メディア掲載  グローバルエコノミー  2015.07.06

こんなレベルの低いTPPでよいのか?-対処方針が十分に議論されず、明示もされないまま続く交渉-

WEBRONZA に掲載(2015年6月22日付)

 TPPなどの貿易交渉権限をアメリカ連邦政府に与えるTPA法案の議会通過が、難航している。通商交渉の案件がこれほどアメリカで報道され、関心を集めることは、私の記憶では初めてである。

 次期大統領選の有力候補であるヒラリー氏も、民主党の支持基盤である労働組合に配慮して、国務長官として熱心にTPP交渉を推進してきたことを忘れたかのような、態度をとっている。


■秘密交渉という批判が見逃したもの
 TPA法案への反対の大きな理由は職が失われるというものだが、日本だけでなく、アメリカでも、TPP交渉は秘密交渉であると批判されている。ただし、政府間の交渉だけでなく、民間の交渉も含め、どの交渉にも秘密はつきものだ。どの国がどのような主張をしているのかが秘密にされるのは当然だ。

 TPP反対派の国会議員は、アメリカの議員やそのスタッフは限定的だが交渉されている協定案文へのアクセスが認められているのに、日本の国会議員には一切認められていないのは不公平だと主張している。

 しかし、守秘義務がかかるので、協定案文を見ても、交渉内容を公に批判できないというのでは、最終結果を見ることに比べて、大きな差があるというものではない。批判のために検討できる時間が増えると言うだけのことだ。

 これまでの日豪などの二国間の自由貿易協定の交渉では、協定案文を見せろと言ったことはないのに、TPP交渉だけは見せろと言うのも奇妙な話である。

 もっとも、交渉内容について明らかにできないにしても、どのような方針で日本政府が交渉に臨んでいるのかについては、国会で十分に議論し、それを交渉に反映できるはずだ。日本の場合、交渉の対処方針が、十分に議論されたり、明示されないまま、交渉が行われているのではないだろうか。


■国益が反映されないルール交渉
 TPP交渉に参加するにあたり、アジア太平洋地域で新しいルールを作るのだということが強調されていた。しかし、日本はこの地域でどのようなルールを作りたいのだろうか。

 これまでWTOで規律できなかった新しい分野の代表である国有企業への規律についても、ある国の国有企業とその国に進出した外国企業との間の競争条件を同一にすべきだというような、アメリカの主張をベースにした方向で進んでいるようだ。アメリカは中国の国有企業への規律を狙いながら、国有企業を持つベトナムなどと交渉している。

 日本は1%の関税を払うだけでコメを中国へ輸出できるが、入ったあとに中国の国有企業が巨額のマージンを取るため、日本ではキロ300円で売られているコメが、1400円で売られてしまっている。400%近い事実上の関税だ。

 これまで、ガットやWTOでは、こうした国有企業の貿易阻害的な側面が問題視されてきたが、この問題をTPP交渉で日本政府が取り上げて議論しているのだろうか? 農産物の輸出を推進する日本政府として、真剣に提案すべき事項だろう。中国は農産物輸出のもっとも重要な市場である。中国はTPPのメンバーではないが、TPPでルールを作ることができれば、それを中国に求めることができる。それがTPPのメリットだったはずだ。


■レベルの低い協定
 TPP については、農産物も含め全ての関税を撤廃するというレベルの高い協定を目指していると報道され、TPP交渉に入るかどうかを巡って、国論を二分するような論争が行われた。農産物関税の撤廃を阻止するため、農協は1千万人以上の反対署名を集めた。

 しかし、国会の農林水産委員会は、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖などの農産物5品目については、関税撤廃の例外とし、それが実現できなければ、TPP交渉から脱退も辞さないと決議した。政府は、この決議に則って交渉しているようだ。

 交渉は秘密とされながらも、農産物5品目についての日米交渉に関しては、誰がリークしているのかわからないが、詳細に報道されている。牛肉や豚肉の関税は大きく引き下げるが、輸入が一定量以上を越えると関税を引き上げる。コメについては、関税を削減することもなく、そのまま維持する代わりに、関税ゼロの輸入枠を設定する。これが主たる交渉内容のようだ。

 ただ、牛肉については、38.5%の関税が意味を持たなくなるような50%もの円安が進行している。豚肉については、複雑な制度が存在するが、実際に輸入業者が払っている関税率は4.3%なので、これが撤廃されても影響はない。

 コメについては、内外価格差が逆転し、関税を撤廃しても、日本のコメ農業には影響がない。それなのに、関税が必要だという先入観で交渉するため、たかだか2.5%のアメリカの自動車関税を撤廃することすら、ままならなかった。

 国有企業を持つベトナム政府は、TPPによる規律の導入に反対するどころか、国有企業改革のためにTPP交渉を積極的にとらえている。しかし、日本政府に農業改革のためにTPP交渉が必要だと考えている人はいないようだ。

 ルールについても、モノの関税についても、当初予定されたとほど遠いレベルの低い協定となってしまうようだ。傾いた家をどれだけ一生懸命設計・建築しても、だれも住もうとはしないだろう。