メディア掲載 グローバルエコノミー 2015.04.21
本稿では、これまでの改革と比較しながら、今回の農協改革について、評価したい。
農地中間保有機構
安倍内閣の成長戦略のうち、最初に提案された農業改革案は、農家が農産物の加工、流通も行うという6次産業化(1+2+3=6次)、輸出の倍増、農地を借り受けて担い手農家に貸し渡す農地バンク(農地中間管理機構)という政策であり、10年間で農業所得を倍増するという目標を掲げた。6次産業化で付加価値をつけて商品の価格を上げ、輸出で販売量を増やし、農地集積、規模拡大によるコストの削減で、所得を上げようとする考えだ。
しかし、残念ながら、これらの政策では農業所得倍増どころか、所得減少に歯止めすらかけられない。なぜなら、輸出倍増のように、これらは過去に実施して効果のなかった政策のリメイクだからだ。
輸出しようとすると、品質面だけではなく価格競争力を持たなければならない。つまり、日本農業の構造改革を行い、農産物のコスト・価格を下げ、競争力を高めなければならない。
農業の付加価値を高める6次産業化が唱えられているが、加工、流通、外食のプロでさえ成功しないものを、素人の農家が行って成功するはずがない。また、ほとんどの農家は本業がサラリーマンの兼業農家なので、6次産業化に取り組む時間はない。千葉県の和郷園、三重県の「伊賀の里モクモク手づくりファーム」、山口県の船方総合農場のように、ある程度の大きな事業体でなければ、6次産業化には対応できない。
農地バンクも1970年から40年以上実施している農地保有合理化事業のリメイクである。450万ヘクタールほどの全国の農地面積のうち、2005年以降の事業実績をみると、毎年農地の売買が7千から9千ヘクタール、農地の貸借が1万2千から1万6千ヘクタール程度である。
農地保有合理化事業が成果を上げなかったのは、高い米価によって、コストの高い農家も米作りを止めず、不十分なゾーニング(土地利用規制)によって、所有者は農地を貸すのではなく宅地に転用・売却したいという希望が大きいため、農地はなかなか出てこないからである。いくら新しい機構を作っても、減反廃止と農地のゾーニング徹底という政策を実行しない限り、農地が出てこない以上、農地を集約することは困難である。
これに、当初の2年間だけで1,200億円以上の税金投入を用意している。貸出面積に応じて30~70万円を配る経営転換協力金、農地バンクが借りている農地の隣接地を貸す時に10アールあたり2万円を交付する耕作者協力金、まとまった農地を貸した地域に10アールあたり2~3.6万円を交付する地域集積協力金の3つを内容としている。しかし、予想した通り、農地はなかなか貸し出されない。宮城県では、借りたいという農業者の希望面積は2万ヘクタール以上なのに、貸し出されるのはわずか750ヘクタールに過ぎない。
しかし、最近になって、農地が出始めている。米価が低下したからだ。農地の流動化を進めるためには、減反を廃止して米価をさらに下げる必要がある。
"減反廃止"?
2013年の減反見直しについて、主要紙を含め、マスコミが一斉に"減反廃止"を報道した。国から都道府県、市町村、農家への米の生産目標数量の配分を廃止することを、減反廃止ととらえたのだ。
大いなる誤解である。生産目標数量の配分を止めることは、減反廃止ではない。今の減反制度では、生産目標数量の配分は、なんら拘束力のないものとなっている。唯一意味があるのは、生産目標数量の達成は、民主党が導入した戸別所得補償を受け取る際の、受給要件となっていることだけである。その戸別所得補償を廃止するのだから、生産目標数量は、まったく意味のないものとなる。だから、農林水産省は生産目標数量の配分を止めると抵抗なく書くことができたのだ。
国会の施政方針演説や、スイスのダボス会議で、安倍総理は、40年間できなかった減反廃止を達成したのだと、高揚しながら発言した。しかし、2007年の第一次安倍内閣の時、今回の見直しと同じことをやって、撤回していたのである。後に、安倍総理は、2014年2月の衆議院予算委員会で、生産調整(減反)の必要性を強調する自民党農林幹部や農林水産省との発言の食い違いを指摘され、一般の人に分かりやすく発言しただけだとして、減反廃止発言を撤回した。
前回の自民党政権末期から、米粉や飼料用などの非主食用に向けられる米を作付させ、これを減反(転作)と見なして、減反補助金を交付してきた。政権に返り咲いた自民党は、この補助金を増額した。つまり、民主党が始めた政策を止めて、1970年から行ってきた自分達の政策を、拡充・強化したのだ。70年代は、生じた過剰米を飼料用にただ同然で処分した。今回は、この過剰米処理を、飼料用などへの減反という形で、事前に行おうとしているのだ。
これは、減反の廃止ではなく強化であるが、年間わずか実働10日ほどしか農業に従事しないような30アールの農家にまで補助金をばら撒き、構造改革に逆行した戸別所得補償を廃止したことは、評価してよい。しかし、このときの安倍総理の減反廃止という発言は、自民党の見直し結果を形容したものだった。政策を決定する前に、全中の規定を農協法から削除するという大胆な発言をした農協改革とは異なる。
誰のための農政だったのか?
農業は高い関税で競争力のあるアメリカやオーストラリアの農業から保護されてきた。それにもかかわらず農業、特に米農業が衰退するということは、その原因がアメリカやオーストラリアにあるのではないことを示している。その原因は日本の国内にある。
戦後の食糧難の下で米を農家から政府へ集荷するため、金融から農産物集荷まで農業・農村の全ての事業を行っていた戦前の統制団体を、衣替えして作ったのが農協である。このため、日本のいかなる法人にも許されない銀行業の兼務が認められ、また、農家の職能団体であるはずなのに、地域の住民ならだれでも組合員になって農協の事業を利用できるという"准組合員"制度が認められた。しかも、その後、生保事業も損保事業も追加された。農協は、指輪の販売から葬祭事業まで、やってないのはパチンコと風俗業だけだと言われるくらい、日本で唯一の万能の法人組織となった。
高米価政策で、本来なら退出するはずのコストの高い零細な兼業農家を多数滞留させることができた。農業所得の4倍に達する兼業所得も年間数兆円に及ぶ農地の転用利益も、銀行業を兼務できる農協に預金され、農協は貯金残高は約90兆円の我が国第二位のメガバンクに発展した。
農業は衰退しているので、農協預金の1~2%しか農業に融資されない。地域の人を准組合員に勧誘することで、預金の3割を住宅・車・教育ローンなどに貸し出した。残りの7割は農林中金がウォール街で運用している。積極的な勧誘の結果、准組合員は年々増加し、農協は正組合員より農家ではない准組合員の方が75万人も多い"農業"の協同組合となった。
銀行業務以外にも、農協保険事業の総資産は47.6兆円で、生命保険最大手の日本生命の51兆円と肩を並べる。農産物や生活物資の売り上げでも中堅の総合商社に匹敵する。
米価を上げることで、農協が持つ全ての歯車がうまく回転した。農業を発展させるために作られた組織が、それを衰退させることで発展した。TPPによって関税が撤廃され、米価が低下しても、直接支払いすれば、農家は困らない。しかし、米価が下がり、非効率な兼業農家が退出し、主業農家主体の農業が実現することは、農協にとって組織基盤を揺るがす一大事だ。だから、TPPに対する一大反対運動を展開したのである。問題は、TPPと農業ではない。 "TPPと農協"だ。
減反を廃止して価格を下げれば、コストの高い兼業農家は退出する。主業農家に限って直接支払いすれば、その地代負担能力が高まり、主業農家に農地が集まり、規模が拡大してコストが下がる。収益が上がるので、兼業農家に払う地代も上昇する。現在都府県の平均的な米農家の純収益は、ゼロかマイナスである。農業は収益の高い主業農家(20ヘクタールなら1,400万円の純収益)に任せ、その収益を零細な農家に地代として分配した方が地域全体の利益となる。
高い関税で守っても、国内市場は人口減少で縮小する。国内市場だけでは、農業は安楽死するしかない。品質の高い日本の農産物が、価格競争力を持つようになれば、我が国農業は、世界の市場を開拓できる。国内農地はフルに活用され、農地減少に歯止めがかかる。食料安全保障は確保され、多面的機能は十分に発揮される。これこそ国益ではないのか?守るべき国益は食料安全保障や多面的機能であって、関税や減反政策、これで守られている高い農産物価格ではない。
農協の政治力を削げば、農地資源を喪失させてきた減反も廃止でき、農業を成長産業に育てることができる。農地の確保のためにも、減反による高米価政策の是正や農協改革が不可避なのだ。また、農協が作り上げた高コスト体質を改善するためにも、農協への独占禁止法の適用が必要である。(つづく)