メディア掲載  グローバルエコノミー  2015.02.26

農協改革をどう見るか(上)農協が守ろうとしているのは、農業や組合員である農家の利益より農協組織の利益

WEBRONZA に掲載(2015年2月12日付)

■なぜ農業が衰退するのに、農協は発展するのか?
 食管制度の時代、農協は激しい米価引上げ闘争を主導した。食管制度廃止後は、生産・供給を減少させる減反によって、高米価を維持している。高米価によって、コストの高い、零細で非効率な米の兼業農家や高齢農家が、農業を継続した。

 零細農家が農地を出してこないので、農業で生計を立てている農家らしい農家に農地は集積せず、規模拡大は進まなかった。農家の7割が米を作っているのに、農業の2割の生産しかしていないことは、いかに米が非効率な産業となってしまったかを示している。これこそが、日本農業の最大の問題である。

 しかし、零細な農家を多数温存できたことは、農協の政治力の維持につながった。

 農協は、農業関連業務だけでなく、銀行事業も生保も損保も、ありとあらゆる事業を行うことのできる、日本で唯一の法人である。高米価とこの農協の特権がうまくマッチして、農協は発展した。高米価で滞留した兼業農家や高齢農家は、兼業収入や年金収入だけでなく、農地を転用して得た年間数兆円に及ぶ利益も、JA農協バンクに預金してくれた。農協バンクの貯金残高は約90兆円まで拡大し、我が国第二を争うメガバンクとなった。

 しかし、農業は衰退しているので、そのうち1~2%しか農業には融資されない。農家でなくても、地域の人をだれでもなれる准組合員に勧誘することで、預金の3割を住宅ローンなどとして貸し出した。残りの7割は農林中金がウォールストリートで運用している。米農業を弱体化し、脱農化することで、農協は発展した。


■圧力団体としての特殊性
 農協の政治的・経済的利益が、高い米価とリンクしている。EUにもアメリカにも農業のために政治活動を行う団体はあるが、その団体が経済活動も行っているのは、日本のJA農協をおいて、他にない。日本でも、医師会は、それ自体が事業を行っているわけではない。医師会が守ろうとしているのは医者の利益である。

 ところが、農協はそれ自体多くの事業を行っている企業体である。農協が守ろうとしているのは、農業や組合員である農家の利益というより、農協自体の組織の利益である。農協発展の基礎が、高米価なので、関税がなくなり、減反という高価格カルテルが存続できなくなることは、農協の存立基盤を奪いかねない悪夢である。だから、農協は、1千万人もの署名を集め、一大TPP反対運動を展開したのだ。

 TPPをアベノミクスの第三の矢の最重要事項と位置づける安倍政権にとって、農協、特にJA全中の跳梁跋扈は、許しがたいものに映ったのだろう。昨年5月に、唐突に農協改革が浮上したことは、TPP交渉と農協改革がリンクしていることを、うかがわせるものである。


■協同組合らしからぬピラミッド型組織
 本来協同組合は、組合員が自主的に作った組織である。消費者が生協を作り、生協は必要があれば、連合会組織を作る。ボトム・アップの組織が、協同組合である。生協にも連合会はあるが、上位、下位の関係はない。

 しかし、農協は、戦後米の集荷のため、戦時中の統制団体を、衣替えさせて作ったものだ。農協は前身が中央の意向を末端に及ぼすという統制団体であるため、"系統"農協とか農協"系統"という耳慣れない言葉があるように、全国連合会から、都道府県連合会を通じて、地域農協へと、指揮・命令が下る、トップ・ダウンのピラミッド型の組織となった。

 協同組合の原則は、利用者である組合員が組合をコントロールするというものだった。この組合とは、地域農協のことである。しかし、地域農協は組合員ではなく、上位の農協連合会によってコントロールされている。農協職員の給料も、末端から、都道府県連合会、全国連合会に行くほど、高くなる。その上、末端の農協の職員は、上位の団体から降ってくるノルマを、一生懸命になってこなしている。

 安倍首相は、全中の規定を農協法から削除すると主張してきた。これに対して、全中は、自己改革案を公表して、他の権限は譲っても、監査が重要なので、農協法に規定すべきだ、したがって、全中の規定を農協法に位置付けるべきだと主張した。しかし、図らずも、末端の農協を支配し、ピラミッド型の農協系統組織を維持するために、全中監査が重要な手段として機能していることを、自ら認めることになった。そして、これが今回の改革の大きな争点となった。


■農家・農協の乱
 農協は独占的な市場支配力によって、組合員に、高い資材価格を強要した。力のない農家が、多数団結して農協を作り、農業資材を安く購入するという、本来の農協の目的とは逆の結果となった。
 主業農家がいくら品質の良いものを作っても、他の農家の農産物と一緒に販売され、同じ金額しか受け取れない。

 これに、一部の主業農家は不満を持つようになり、次第に農協から離れるようになった。農協を通さないで、農業資材を購入したり、産直活動などで農産物を販売するようになったのである。農協を通さないで取引すれば、農協に手数料が落ちない。

 農協は様々な手段を使って、このような農家に圧力をかけてきた。農産物の販売や資材・サービスの提供から融資業務まで、ありとあらゆる業務を行える農協は、圧力をかける手段に事欠かない。農協の意に反した農家が、小学校のPTAの会合でいじめられたりするなど、ムラ社会の機能を使った締め付けも行われた。これを恐れて、不利でも農協を使うという農家も、少なくない。今の農協は、利用者のための組織ではなく、利用者を圧迫する組織となっている。

 法律的には、地域農協は全農を通じなくても、農業資材を購入できるし、農産物を販売できる。JA越前たけふが、全農を通じないで、肥料を購入したら、3割も安くなったという。JA越前たけふは、全農を通じて売ると、品質の良い米も悪い米も同じ金額しか受け取れないとして、独自で販売している。これらは、以前生産者が行ってきた対応である。

 かつては、農協を通じないで、資材を購入したり、農産物を販売したりした生産者が、農協から圧力を受けた。しかし、農協から自立してきた一部の主業農家は、資材の購入でも生産物の販売でも、農協系統、商人系統、あるいは輸入・輸出など、有利なところを通じて、購入、販売をしようとしている。地域農協は、生産者に有利な条件を提示できない農協系統については、これを通じては、買わない、あるいは販売しない、という対応をせざるをえなくなる。生産者の自立が地域農協の自立を促しているのである。

 しかし、上位のJA組織から、相当な締め付けを受けたと、JA越前たけふの組合長は述べている。地域の農協が、かつての生産者と同様の取り組みをしようとして、全国連合会から締め付けを受けているのである。JA越前たけふを視察した、地域農協の人たちは、「私達には、とてもこんなことはできません」という。強制監査を受ける地域農協は、JAグループ内で、締め付けられ、孤立するのが、怖いのだろう。

 結局、地域農協は、高くても、全農から資材を買うしかない。農家の生産コストは高くなる。農産物価格が高くならなければ、農家の経営は圧迫される。農産物価格を高くすれば、消費者は高い食料品価格を払うことになる。国際価格よりも高いので、関税が必要になる。したがって、農協は、TPP交渉に反対するという構図だ。(つづく)