メディア掲載  外交・安全保障  2015.01.14

対外発信強化元年に

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2015年1月1日)に掲載

 謹賀新年、2015年は戦後70年という節目の年。好むと好まざるとにかかわらず、日本人と日本国家の生き様が問われる年になるだろう。そこで注目されるのが日本からの対外情報発信だ。来年度の概算要求で外務省は戦略的対外発信費約500億円を新規要求したそうだ。ゴヒャクオクと聞いて一瞬耳を疑った。そいつはすごい。今年度外務省本体の広報文化予算は約33億円、しかも過去10年で半減している。どうやら安倍内閣は本気で対外発信強化を考えているらしく、実に心強い。

 広報文化というと、筆者にも個人的思い入れがある。2000年から3年半ほど北京の日本大使館で対外広報の一部を直接担当した苦い経験があるからだ。偉い人たちは「対外発信を強化せよ」と簡単に言うが、現場は厳しい。準敵対的環境の中では毎日が激戦。予算を増額すれば好転するものでもない。対外情報発信はそれなりの能力と覚悟のいる大事業だ。

 事業経営の3要素はカネ(金)、ヒト(人)、モノ(物)だそうだが、それだけでは対外発信は成功しない。相手は日本の信用と評判を汚そうとするプロ集団だ。カネ、ヒト、モノに加えてバショ(拠点)とワザ(情報・技術)も当然必要となる。

 幸い過去10年間、多くの国際会議に出席する機会に恵まれ、主要国の対外情報発信を目の当たりにしてきた。ここからは中国、韓国、欧米、ロシアなどと比較しながら、日本の対外発信能力の現状について考えてみたい。

 ●中国の強みは人と金だ。対外広報予算は数千億円。欧米の主要大学・シンクタンクにばらまき、多くの学者を派遣する。孔子学院を作り、CNN並みの24時間英語ニュースチャンネルまで開設した。極めて戦略的なヒトとカネの使い方だと思わず舌を巻く。

 ●韓国も負けてはいない。予算こそ中国に劣るが、対日宣伝工作は官民を挙げて集中的・組織的に展開している。英語が喋れる学者・政治家も多く、韓国系米国人を使った米国内活動は実に戦略的だ。

 ●中韓に比べれば欧米はオーソドックスだ。米政府の対外広報予算など、すずめの涙だが、主要大学・シンクタンクの活動がそれを補っている。大陸欧州でも最近は英語が主要言語となりつつある。その点、ロシアの対外発信は見劣りする。

 率直に言おう。これまで日本はヒト、モノ、カネ全ての面で弱体だった。15年前の北京では、中国の若者が集まるネットカフェのような憩いの場を作りたかったが、予算は限られていた。今回500億円の新規予算が認められ、世界各地に「ジャパンハウス」なる日本関連情報発信の本格的拠点ができれば、ようやく中韓並みの活動が可能になるかもしれない。最後に、日本の対外情報発信活動について幾つか留意点を挙げておく。

 第1は選択と集中だ。官民バラバラでは効果的情報発信などできない。中国並みは無理にしても、せめて韓国官民の組織的活動ぐらいは見習うべきだろう。

 第2はワザのあるヒトの養成だ。国際会議に参加して痛感するのは、チャーミングな英語で中身のあるプレゼンテーションと議論のできる日本人論客があまりに少ないことだ。国際会議で通用する30代、40代の若手論客を早急に養成すべきである。

 最後に、最も重要な要素がココロ、すなわち発信する情報への共感力だ。中国の発信内容には普遍性がなく、韓国の反日宣伝はフェアでない。日本が発信する内容が普遍的かつ公平である限り、国際世論は日本の主張に共感するだろう。逆に、日本から弁解じみた情報のみが発信されれば、それは誤解を生むだけでなく、中韓に付け入る隙を与えるだろう。本年を日本の対外情報発信強化元年とするには、ヒト、モノ、カネ、バショ、ワザだけでなく、ココロにこそ気を配る必要がある。