ワーキングペーパー  グローバルエコノミー  2014.12.26

ワーキング・ペーパー(14-012J) 「Labor wedge による労働市場における非効率性の計測」

本稿はワーキング・ペーパーです

 本稿では、Chari、Kehoe、McGrattan(2007)により開発された景気循環会計について、労働市場の歪みを表すlabor wedge の役割をできるだけ平易に視覚的に解説する。景気循環会計を理解するためには、動学的一般均衡モデルの知識が必要となるため、その分野の専門外からすると理解し難い。そこで本稿では、景気循環会計において労働市場の歪みを表すlabor wedge について、できるだけ平易に視覚的に解説することを試みる。

 一見複雑で大学院レベルと思われる景気循環会計であるが、図1 に見るように、学部レベルの経済学で視覚的に捉えることできる。労働供給曲線は家計の効用関数から得られる限界代替率MRS に基づいており、労働需要曲線は労働の限界生産性MPL に基いている。

よって、labor wedge とはEF とDF のズレの程度を、EF とDF の比で inaba_fig-1.jpg として表すことができる。EF とDFはズレておりlabor wedge が大きいほど、社会全体の総余剰が失われてしまう死荷重の程度が大きくなることがわかる。もし労働市場に摩擦などの歪みが無く、社会的余剰が最大のときはEF とDF が一致する。つまり効率的な市場のlabor wedge は1 になる。こうした説明は労働市場だけではなく、同様の視覚的な説明は金融市場についても可能である。

 Kobayashi and Inaba(2006)では、いくつかの仮定に基づいて日本経済の労働ウェッジの大きさを計測している。労働市場の歪みが大きいほどlabor wedge は1 から離れる。次の図2 は、Kobayashi and Inaba(2006)のデータを更新し、1981 年から2009 年についてのlabor wedge の推移を示したものである。1980 年代には、1983 年をピークに徐々に低下し、1 から大きく離れていっていることを確認できる。90 年代に入ってからは低下の傾向は少し落ち着くが、1 から離れたままの状態が継続している。つまり、労働市場は歪みが継続して存在していると考えることができる。この結果は80 年代から2000 年代にかけての摩擦的失業の悪化と良く対応している。

inaba_fig-2.jpg

参考文献
[1] Chari, V. V. and Patrick J. Kehoe, and Ellen R. McGrattan, 2007. "Business Cycle Accounting," Econometrica, vol. 75(3), pages 781-836.
[2] Kobayashi, Keiichiro and Masaru Inaba, 2006. "Business cycle accounting for the Japanese economy," Japan and the World Economy, vol. 18(4), pages 418-440.