メディア掲載  グローバルエコノミー  2014.12.15

農業を工業化する

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2014年12月9日放送原稿)

1.農業と工業は違うとよく言われますが?

 農業は自然や動植物を相手にする産業です。このため、季節によって農作業の多いときと少ないときの差が大きいため、労働力を年中一定して使うことが難しいという問題があります。稲作でいえば、田植えと稲刈りの時期に多くの労働が必要になります。このときに合わせて雇用すれば、他の時期には労働力を遊ばせてしまい、大きなコストがかかってしまいます。したがって、企業的な経営をしている農家は、年間を通じて労働力をいかにならすかということに苦労しています。


2.具体的には、どのような取り組みがあるのでしょうか?

 山あり、谷ありの中山間地域では、競争力のある農業を作ることは難しいと考えられています。しかし、標高差があるので、田植えと稲刈りにそれぞれ2~3カ月かけられます。これを利用して、中国地方や新潟県の典型的な中山間地域で、夫婦二人で北海道の平均的な農家よりも広い面積を耕している経営があります。また、日本は南北に長いため作物の生育がずれるという特徴を生かして、一定の作業が終わるごとに、機械と従業員を南から北の農場へ段階的に移動させることで、年間の作業をうまくならしている経営もあります。

 標高差がなくても、早生、中生、晩生という品種を組み合わせることで、田植などの期間を長くすることができます。ブドウ農家でも、露地、ハウスという異なる栽培方法や異なる品種の栽培を組み合わせることで、作業をならし、小さい農地で大きな収益を上げている農家がいます。

 また、農業には様々な作物や家畜があるため、稲作、野菜、畜産などいろいろな農業があります。様々な農業を営むことを「複合経営」と言います。「複合経営」のメリットは、作物の生育期間が違うので、いろんな作物を組み合わせることで年間の作業をならすことが可能になることです。畜産との複合経営をすれば、堆肥が作物生産に活用できるので、肥料コストも節約できます。

 年間の作業をならすよう努力することは、工業でも同じです。トヨタでも以前は部品の調達が一定しなかったので、日々の作業にムラがあったそうです。有名なトヨタ生産方式は、「毎日同じ量の車を作る」ことを目指すことから始まったと言われています。


3.企業が農業に参入した例としては、どのようなものがありますか?

 企業が農業に参入すれば成功するという主張があります。しかし、実際は、そうではありません。

 ある大手電気機器メーカーは、自動制御装置を利用して作物の生育を完全にコントロールしようと考えて、巨大な温室ハウスを建設しました。しかし、高いところと低いところなどで光の量、温度や湿度などに差があるハウス内の条件をコントロールすることは困難でした。わずかの期間操業しただけで撤退しました。トマト栽培を始めた有名なトマト加工企業も、黒字化できたのは、10年以上もたってからです。責任者は、「企業が農業をすることのむずかしさをつくづく感じました。」と言っていました。その一方で、トマト栽培を始めたばかりの農家が黒字を出しています。

 元中国大使で伊藤忠商事出身の丹羽宇一郎さんは、アメリカ駐在時代、シカゴの穀物相場の動向を正確に把握しようとして、農場の現場をくまなく歩いたそうです。その人が、講演で「株式会社は農業には向きません。」と言い切っていました。夜中に大雨が降ったとき、従業員が5時に帰ってしまっている会社では、対応できないからだというのです。

 自然や生き物を相手にする農業は、現場の感覚が重要です。風向きはどうなのか、晴れか曇りか、葉はしおれているかどうかなど、いくらIT技術を駆使しても、現場にいない人には、その場の多種多様な情報を全て入手することは困難です。現場から離れた上司がデータだけで正確な判断を下すことはできません。


4.植物工場はどうでしょうか?

 LEDを使った完全な人工の光の植物工場については、多くのコストがかかります。太陽の光を利用した植物工場では、トマトなど様々な野菜が作られ、商業ベースでも成功しています。

 最近、愛知県豊橋市にあるイシグロ農材という会社が中心となった実験的なハウス施設を見学しました。ここでトマト生産の中心となっているのは、この施設を設計した技術者で、これまで農業とは無縁だった人です。日本の平均的な農家のトマト収量は10アールあたり20トンなのに、オランダの技術を気候変動の激しい日本に改良し、わずか2年間でその倍以上の収量を達成しています。勘と経験だけに頼る普通の農家に比べ、コンピューターなどで必要なデータ、情報を分析していることが成功の理由です。しかし、90%までそれで対応できたとしても、最後の残り10%に必要となるのは、現場にいて作物と接している人間の総合判断です。これも一般の産業と同じです。コンピューターが万能なら、だれがやっても同じように成功するはずです。やはり最後に必要となるのは、企業の経営と同じく、人だということです。