先週末、日本の電力に関する政策シミュレーションを実施した。主催はキヤノングローバル戦略研究所、今回は電力のプロたちの協力を得て、中東湾岸での政治危機が日本の電力供給に及ぼすさまざまな影響につき、1泊2日で演習・議論を行った。中東の架空の王国でアルカーイダ系武装勢力のテロが発生し、日本人作業員が事件に巻き込まれただけでなく、同国の対日天然ガス輸出が長期間止まるという、考えたくもない最悪の事態を想定した。
演習のポイントは、酷暑の夏に円安が進む中、エネルギー価格が低下する状況の下で、天然ガスに深く依存する架空の電力会社がいかに電力需要を抑えつつ発電量を確保するかにあった。言うまでもなく筆者が最も注目したのは、電力不足が深刻化する中、現在未稼働の原発再稼働を認めるべきか否かの議論である。正式な報告書は別途公表することとし、とりあえずここでは筆者がゲームコントローラーとして考えさせられた点をいくつかご紹介する。
シナリオ作成者の意図は明確だった。日本の電力会社が必要な発電量を維持できなくなり、東日本大震災以降、再び計画停電を余儀なくされる。最終的には国内原発再稼働の是非につき政治決断が求められる。あえてこんな状況を作って原発に関する議論を深めたいと思ったのだ。日本の電力業界は予想以上に強靱だった。かなり厳しい状況を作っても「管理停電」はなかなか起きなかった。「停電だけは起こさない」という関係者のプロフェッショナリズムには頭が下がる思いだ。
他方、演習では電力の脆弱性も露見した。猛暑の夏に需給が逼迫する中、中東などエネルギー供給元で国際政治危機が起これば、否が応でも計画停電に追い込まれる。欧州大陸のように陸続きなら隣国からの電力融通も可能だろうが、日本では島国という地政学的要因が電力の脆弱性を高めているのだ。
さらに気になるのは原子力以外の発電所である。福島第1原発事故以来、国民の関心は原発の安全性に集中した。しかし、実際に電力需給が逼迫すれば老朽化した水力・火力発電所にちょっとした不具合や事故が発生するだけで、地域によっては計画停電に追い込まれる可能性がある。
今回の演習では、中東からのLNG(液化天然ガス)に深く依存する電力会社が計画停電に追い込まれた。日本の天然ガス備蓄はわずか20日分、数カ月分ある原油とは大違いだ。テロ事件発生で調達が困難となり、LNG備蓄は2週間分を割り込んだ。国内他社からの電力融通も打ち切られた。計画停電の結果、一部大都市圏では一般市民の社会生活にも悪影響が出始め、電力業界は大混乱に陥る。
最後に安全性が確認された原発再稼働を誰が判断するかという問題がある。今回痛感したことは原発の「なし崩し的」再稼働の可能性だ。実際に電力が不足し始め、停電によって医療、交通など公共サービスに悪影響が及べば、十分な議論のないまま原発再稼働が進む可能性はある。特に今回のシナリオでは、計画停電により入院患者や保育園児の死亡事件が起きてしまう。この時点で原発再稼働反対論は急速に勢いを失う。停電で死者が出た以上、再稼働反対を論理だけではとても正当化できない。反原発論はロジックというよりも哲学・信仰に近いので、強い信念がなければ続けられない。
他方、このことは原発反対論が机上の空論であることを意味するわけではない。それどころか、哲学・信仰に近いからこそ、無視されるべきではないのだろう。
再稼働に反対するにせよ、これを容認するにせよ、今の日本に必要なことは国民自身がこの問題を真剣に議論することだ。危機に流されて議論もなく「なし崩し的」に再稼働を認めることだけは避けるべきである。