メディア掲載  グローバルエコノミー  2014.10.14

TPP交渉とセーフガード

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2014年10月14日放送原稿)

1.TPP交渉のニュースでセーフガードという言葉をよく聞きます。これについて説明してください。

 セーフガードとは、外国からの輸入が急増したときに、影響を受ける国内産業を救済するためにとられる措置のことです。現在、TPP交渉で、日本の牛肉と豚肉の関税をどこまで下げるかが、日米間で議論されています。日本に牛肉や豚肉の輸出を増やしたいアメリカは、牛肉や豚肉の関税を大きく引き下げるよう要求しています。本来ならば、TPP交渉では、関税の引き下げ、削減ではなく、撤廃、つまり関税をなくすことが要求されるので、日本政府としては、かなりの引き下げもやむをえないと考えているのでしょう。しかし、それでは、輸入が急増したときに、国内業界は影響を受けるかもしれません。そこで、どのような救済措置がとれるか、つまりセーフガードを、日米間で交渉しているのです。


2.セーフガードには、どのようなものがあるのでしょうか?

 実は、セーフガードには、いろいろな種類のものがあります。まず、最も代表的なものは、WTO、世界貿易機関の前身のガットの時代から認められているものです。これはWTO協定で発動のための条件などがさらに具体的に決めらました。このセーフガードを発動しようとするときは、調査を行って、国内産業への重大な損害が生じていると認められることが必要です。また、発動した後、一定の期間は再発動を禁止されます。このように、発動のための条件は厳しいのですが、WTOでこれ以上は関税をとりませんと約束している以上の関税をとることができます。例えば、ある品目について10%以上はとらないとWTOで約束していても、20%に引き上げることが可能です。また、関税の引き上げだけでなく、これ以上の輸入量は認めないという数量を制限することも、認められています。もちろん、WTOで約束している以上の関税が適用されると、輸出国は不利益を受けるわけですから、輸入国は何らかの補償を輸出国に提供しなければなりません。それができなければ、輸出国は、これに対抗して、別の品目の関税を引き上げるなどの措置を講じることができることになっています。

 WTOでは、その農業協定の中で、農産物の一部の品目だけに認められているセーフガードもあります。これはどのような品目かというと、ウルグァイ・ラウンド交渉で関税化した品目です。農産物については、関税以外の輸入制限措置、例えば、何トン以上の数量の輸入は認めないという措置は関税に置き換え、関税以外の措置は認めないことにしました。これを関税化といいます。1990年から93年頃に、関税化反対という農業界の主張があったことを、記憶されている人もいらっしゃると思います。日本で関税化した品目に、コメ、麦、乳製品などがあります。これらの品目については、輸入数量が一定数量以上増えたり、輸入品の価格が一定以下に下がったりすると、関連する国内産業に影響があるかどうかを調査しなくても、自動的に関税を引き上げることが認められました。しかし、このセーフガードでは、輸入数量を制限することは認められていません。その一方で、輸出国が対抗措置を講じることも認められていません。このセーフガードは"特別セーフガード"と呼ばれています。

 それ以外に、ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉では、日本とアメリカの間で、日本への牛肉や豚肉の輸入が一定の数量を超えれば、WTOでこれ以上は上げないと約束している関税の上限水準まで関税を引き上げることを約束しました。具体的には、牛肉の場合、前の年と同じ期間の輸入が前の年の117%を超えると、38.5%の関税を自動的に50%に引き上げることができます。前に述べたふたつのセーフガードとの違いは、WTOで約束している関税の上限までしか引き上げられないということです。これを"特別セーフガード"と呼んでいる著書や論文もありますが、間違いです。


3.今のTPP交渉では、どのようなセーフガードが検討されているのでしょうか?

 基本的には、ウルグァイ・ラウンド交渉で日米間で約束したような法的な性格を持った種類のセーフガードです。ただし、38.5%の現在の関税から関税は引き下げられるわけですから、元に戻すとしても38.5%が上限となります。アメリカはもっと低い水準、例えば30%を要求しているという報道もあります。また、発動の基準となる数量についても、現在のアメリカからの輸入量は20万トン程度ですが、アメリカでBSEが発生して日本への輸入が減少する前の40万トン近い水準を考えているアメリカと、20~30万トン程度にしてできる限り発動しやすくしたいという日本との間で隔たりがあると言われています。


4.9月末の日米閣僚協議は物別れに終わりました。

 アメリカでは、通商交渉の権限は議会が持っています。11月に予定されているアメリカの中間選挙の結果、自由貿易推進派の共和党が上下両院とも多数となれば、連邦議会からアメリカ政府に通商交渉の権限を譲るTPAという法案が、成立する公算が高くなります。そうなるとTPP交渉は加速されます。同時に、共和党が多数となるので、関税の削減ではなく、撤廃すべきであるという議会の声も高まると思います。日本政府はそうなる前に、今現在議論している削減という方向で合意に持っていこうとしたのではないかと思います。しかし、仮に合意をしても、議会の承認を得るのは、中間選挙の後になり、相当の自由化を勝ち取らなければ、アメリカ政府は議会を説得できません。日本政府の意気込みは空振りに終わったようです。TPP交渉はTPA法案が成立した後の年明けに大きな山場を迎えるのではないかと思います。