メディア掲載  グローバルエコノミー  2014.09.19

農産物のブランド化と地理的表示

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2014年9月16日放送原稿)

1."地理的表示"とは、どのようなものでしょうか?

 "地理的表示"は、"geographical indication"の訳です。"地理的表示"については、法律の定義よりも、具体的な例で説明した方が分かりやすいと思います。特定の農産物は、特定の産地と関連しています。例えば、ボルドーというワインは、フランスのボルドー地方で生産されてきました。ボルドーと同じような気候風土のところでブドウを生産し、同じような製法でワインを作れば、ボルドー・ワインと同じ品質のワインが作れるかもしれません。しかし、ボルドー・ワインのように長年定着してきたブランドを保護するために、"地理的表示"という概念がWTO(世界貿易機関)の協定で認められています。ある商品の品質や評判が、その商品の地理的な原産地と密接に関連している、またはその産地に由来するような商品については、そのような地域ブランドが他の地域の商品に利用されないようにしようというのです。もちろん、ボルドーで作られたワインなら、なんでもボルドー・ワインという名称を使えるのではなく、決められた一定の製法で作られることが条件となっています。シャンパン、コニャック、パルマ・ハム、パルメザン・チーズなども"地理的表示"です。

 地理的表示については、通常の場合、消費者が産地を間違えて認識するような表示は禁止されます。逆に言うと、消費者がその商品の産地を正しく認識するような表示であれば、他の産地のブランド名称を使っても、WTO協定に違反しません。例えば、チーズについて、北海道産とはっきり表示していれば、パルメザン風という名称を使うことも可能です。北海道産パルメザン風チーズなら大丈夫です。

 しかし、ウルグァイ・ラウンド交渉でEU、欧州連合が強く主張した結果、WTO協定は、ワインと蒸留酒の"地理的表示"については、さらに厳格に保護しています。消費者が間違って認識しないように、日本産とはっきり表示しても、ボルドーやボルドー風などの名称を使うことはできません。日本産ボルドー風ワインは認められません。


2.その結果、表示が変わったような例はあるのでしょうか?

 シャンパンがそうだと思います。シャンパンはフランスのシャンパーニュ地方で作られるものですが、同じようなものは、世界中で作られてきました。しかし、WTO協定ができてからは、シャンパーニュ地方以外で作られるものは、スパークリング・ワインという名称で流通するようになりました。


3.他の地域の商品については、表示を変更しなければならないとなると、それらの地域では相当な抵抗があるのではないでしょうか。

 その通りです。ブランド化を進め、農産物の付加価値を高めようとするEUは、"地理的表示"の推進に大変熱心です。そのEUの中でも、"地理的表示"を巡って争いが起きます。特定の地域に由来する名称でも、既に一般的な名称となって広く使用されているものであれば、保護されません。しかし、一般的な名称となっているかどうかについて、争いが起きます。

 特に、問題となるのはチーズです。フランスが本家本元の「カマンベール」というチーズがあります。これについては、長年使用してきたデンマークの主張によって、カマンベール自体は一般的な名称とされ、フランスは保護すべき"地理的表示"の名称を「カマンベール・ド・ノルマンジー」、つまりノルマンジー地方のカマンベールとしました。しかし、イタリアのパルメザンやギリシャのフェタといったチーズは、EU内部で争いがありましたが、最終的には"地理的表示"と認定されました。


4.国を超えるとより困難な問題が起きるのではないでしょうか?

 そうです。特に、アメリカやオーストラリアのように、ヨーロッパからの移民の人が、農産物にヨーロッパの名称を付けている場合が問題です。アメリカは、パルメザンやフェタを"地理的表示"であるとは認めていません。一般的な名称となっているというのです。

 現在、アメリカとEUの間で自由貿易協定の交渉が行われています。両国とも高い価格ではなく財政からの直接支払いで農業を保護するという方法に転換しています。したがって、日本と異なり、価格は国際価格とほぼ同じなので、関税は問題とはなりません。その代り、価格以外の保護の方法の一つである"地理的表示"をどこまで認めるかが大きな交渉事項となっています。ここでは、EUが攻め、アメリカは守りという立場です。

 アメリカは2006年にEUとの間でワイン協定を結び、それまでシャンパンなどの名称を使用してきた商品については、引き続きその使用を認めることで合意しました。しかし、EUは新たに結ぶ自由貿易協定の下では、この使用を認めないという方針で交渉しています。アメリカ政府は反対していますが、アメリカの中でもナパ・バレーなどボルドーと同じく地域ブランドを確立している生産者は、EUと同じように"地理的表示"を積極的に認めるべきだという立場です。中国ではナパ・バレーを逆にしたバレー・ナパといった商品が流通しているというのです。一種の模倣品、海賊版です。ホンダではなくホンタで中国産のオートバイが売られているようなものです。


5.我が国では、どうでしょうか?

 酒については、1994年の法律に基づいて、焼酎について、壱岐、琉球など、清酒について白山が、既に地理的表示として認められています。しかし、一般の農産物については、カマンベールなどの名称を使った商品もあるので、政府は当初"地理的表示"に消極的でした。しかし、農産物のブランド化を進め、付加価値を高めようとして、今年「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」、通称"地理的表示法"が成立しました。農産物のブランド化のために、EUと同様、"地理的表示"に積極的に取り組もうという方針に転換したといえます。