コラム  エネルギー・環境  2014.09.17

シェールガスがもたらす交通運輸や海事・海洋産業への変革

(はじめに)

 シェールガス革命は電力事業や化学産業のみならず、海事産業や海洋産業にも大きな影響を及ぼして行く。本稿では、米国における安い天然ガスが米国内だけでなく、世界の交通運輸や海運・海洋産業へどのような変革を促しているかについて考察する。特に圧縮天然ガス(CNG: Compressed Natural Gas)と天然ガス液体燃料化技術(GTL :Gas-to-Liquid)について考える。


1.日米の天然ガス価格差がもたらすもの
 日米の天然ガス価格差は現在、4倍程度(百万BTU当り日本で17USD、米国では4USD程度)で推移しており、国際エネルギー価格予測によれば、この差は今後、徐々に縮まっていくものの、長期間に渡り維持されると見られる。その差は既設パイプラインを利用する米国の流通機構と液化天然ガス(LNG)による輸送コストの差に起因する割合が大きい。LNG輸送によるコストは百万BTU 当り約6~10USDとみられ、この差を解消し、安いシェールガスの恩恵を広く普及させるためには、LNGチェーンの合理化と見直しが求められている。


2.圧縮天然ガス(CNG)船の登場
 2014年7月に世界で初めて圧縮天然ガス(CNG)船が建造されることとなった。インドネシアの国営電力会社の子会社から中国の造船所に2200㎥の積載量を持つCNG船が発注されたのである。
 CNGは自動車燃料として広く普及されている技術で、ガス輸送の手段としても 1960年代から研究されてきた。また、1990年代からCNG船のコンセプトと開発が欧米を中心に進められてきた経緯があるが、実現しなかった。CNGはLNGのように高額の液化・再ガス化設備への投資を必要としないため、そのニーズは根強いものがあり、今回やっと実現したという感がある。シェールガス産地からではなく、アジアの中小ガス田を中心にCNG市場が広がり、新たなるゲームチェンジャーになるのではないか。
 さらに、地球温暖化抑制等の環境への配慮から、油田・ガス田開発に伴う随伴ガスのフレアリング(燃焼処理)禁止が決められている。その対応策としてパイプライン敷設や液化プラントを設置できないような場合の有力な手段として、CNGによる貯蔵・運搬が有力なオプションとなりうると考えられる。


3.CNG容器の進化
 CNGはその燃焼の過程で窒素酸化物をほとんど放出しないため、その低い公害性から主に車両での普及が進んできた。ジェトロセンサー2013年8月号によると、米国におけるCNG自動車の普及は、乗用車とトラックを合わせて、今後10年間で10倍の規模(250万台)に達すると予測されている。この大規模な伸びの背景には、①炭素繊維で補強されたCNG容器の高圧化と低価格化、②CNGのコンテナでの輸送や流通機構の整備による安いシェールガスの普及の加速、③ガソリンとCNGの小売価格差があるのではないだろうか 。
 金属ライナーと複合材からなるCNG容器「CRPVs(Composite Reinforced Pressure Vessels)」の価格は、既に鋼製容器の3倍程度まで下がっている。一層の量産化と技術革新による更なるコスト圧縮により、軽量で強度に勝るCRPVsの普及が期待されている。 
 水素・燃料電池自動車で使用される圧縮水素容器においても、高圧化と低価格化が進んでいる。現在、820気圧の耐圧容器が出現し、認証を受けた段階にある。安いシェールガスから水素を製造し、液化水素に比べ経済性・簡便性に優れる高圧水素容器と商業化に達した燃料電池利用の相乗効果により、電気自動車と競合する形で普及が計られると考えられる。
ここでも、LNGからCNGによる輸送改革が進行するかどうかは,容器の価格低減にかかっており、その可能性は十分にあると考えられる。
 このような陸上の動きは、天然ガスの海上輸送にも影響を及ぼしている。既にノルウェー船級協会(DNV)はLNGチェーンに代わるサプライチェーンを提案している。CNG船と高圧圧縮ガス容器を用いて、LNG輸送で必要な液化・再ガス化を省き、産地(ガス田)から需要家にガス輸送を直結させるのである。このようなコンセプトが今、天然ガスの価格高騰に悩む需要家とガスの完全自由化を控えたガス会社にとって魅力あるシステムとして受け入れられる素地は十分あるのである。CNG容器によるガス輸送は、既存のコンテナ船やバルクキャリアで十分対応可能であり、専用船の必要はない。この点においても既存のLNGチェーンは挑戦を受けていると考えられる。


4.もう一つの可能性 GTL
 天然ガスを常温常圧で液体燃料とするGTL(Gas-To-Liquid)は安いシェールガスを液体燃料化し、自動車・航空機・船舶の燃料として使うことができる。
 GTLは、既存の給油・物流インフラ・エンジンの活用が可能で、硫化物SOXや微粒子PM2.5を出さないクリーンな燃料であり、期待は大きい。
 シェールガスが火力発電やトラック用だけではなく、軽油の代替燃料として乗用車や航空機・船舶で利用されるようになると、シェールガス革命は石油時代からガス黄金時代への本格的移行と言えるようになる。
 現在、米国では百万BTU当り、原油はほぼ17USD、天然ガス4USDである。この差の中にGTLの製造コストがあれば、GTLは軽油に対して十分競争力あると言える。既にカタールでは日量14万バレルという大規模なプラントが運転・生産中であり、また米国ではシェールガス田上にエチレン・GTLプラントの建設が計画されている。


5.洋上でのGTLプラント
 現在、海洋からの石油・天然ガス生産量が伸びている。石油・天然ガスの開発は陸上から海洋へ移行しており、世界の石油・天然ガスの全生産量の3割強が海洋から生産され、間もなく4割に迫る勢いである。原油バレル100USD時代が定着し、今後とも海洋で大型の油田・ガス田開発が続くと、その規模も海洋プラント(浮体式海洋石油・ガス生産貯蔵積出設備:FPSO)だけで2020年には34兆円の規模に達すると予測されている。
 2009年、韓国のサムスンが石油メジャーShell から10基500億USDに上る天然ガスFPSOの発注を受けた。それをきっかけとして、韓国では洋上プラント上のプロセス・プラントや海中・海底の生産システム(サブシー分野の機器等)等の高付加価値な製品の国内内製化を計る産官学の戦略的な取り組みを実施中である。さらに、2012年からは独自な洋上GTLプラント開発を民間主導で実施中である。
 アジアに数多ある中小の石油・天然ガス田においても、前述のように随伴ガスの燃焼処理(フレアリング)が禁止され、今後その天然ガスを貯蔵し積み出す必要が出てくる。コンパクトで効率のよいGTLプラントがあれば、現地で商品化と積み出しを行うことが可能だ。GTL--FPSOは将来性ある洋上プラントで、小型化が重要であるが、それが障壁となり未だ商業的なプラントは存在していない。すでに海外市場で競争力を有する我が国の海洋プラント産業もあり、今後の展開が期待される。


6.舶用燃料としてのGTLの可能性
 船舶の排ガス規制の動きが世界に広がっている。1世紀以上前から船舶燃料として使われてきた重油は、残渣油と呼ばれる質の悪い油で、燃焼時に大気汚染や温室効果ガスを大量発生するため長く問題視されてきた。
 その対策として、重油を燃料とする従来の船舶に比べ、大気汚染ガスや温室効果ガスをほとんど排出しないLNG船の導入や船舶燃料の残渣油から極低硫黄軽油への切り替えが進んでいる。しかし、これらは、LNG容器の船積み、軽油エンジンとガスエンジンをかねる主機への切り替え・換装が必要となる。このような設備対応により、容積にして4〜5倍、重さで1.5倍、主機システム価格で3倍の負担を船側に強いる結果となっている。
 それに対して、GTLを燃料として使うGTL船は、従来エンジンのまま、脱硫装置の不要なエンジンシステムとする事が可能で、将来の有力なオプションである。更に、ライトサイクル油(LCO)などにGTLを助燃剤として使い、より合理的な燃料システムを構築する事も可能である。GTLはその製造プロセスで天然ガスの約40%の熱量を用いる。これは、LNGが液化プロセスにおいて15%程度を消費するのに対して大きい。しかし、GTLをこのように数十パーセントを添加する助燃剤として使う事により、LNGに比べてトータルな燃料効率や二酸化炭素の排出削減においても優位に立つ事も可能である。


7.まとめ
 圧倒的にコスト競争力を有する天然ガスは、交通運輸分野にも普及し、CNGや水素、GTLを燃料とする交通運輸への燃料転換、新しい海洋プラント産業の出現を促している。このような中、天然ガスは製造コスト、エネルギー転換システム、輸送運搬システムの3拍子そろった組み合わせで変革が進み、関連する陸海の天然ガス開発・生産事業、エンジン等のエネルギー転換産業、及び海運等の輸送運搬事業者の成長と拡大を可能にする。