メディア掲載  グローバルエコノミー  2014.08.25

まやかしの食料自給率と食料危機

WEBRONZA に掲載(2014年8月11日付)

 農林水産省は、カロリーベースでの食料自給率が2013年度も39%に低下したままだと発表した。

 この食料自給率という概念は、農林水産省が最も成功をおさめたプロパガンダである。60%以上も食料を海外に依存していると聞くと国民は不安になるからだ。

 しかし、食料自給率とは、国内生産を、輸入品も含め消費している食料で割ったものである。したがって、大量の食べ残しを出し、飽食の限りを尽くしている現在の食生活(食料消費)を前提とすると、分母が大きいので食料自給率は下がる。今の生産でも30年前の食生活を前提とすると、食料自給率は大幅に上がる。

 今でも食料自給率を100%にする方法はある。政府が輸入を一切禁止するのである。あるいは、日本周辺で軍事的な紛争が生じてシーレーンが破壊され、海外から食料を積んだ船が日本に寄港しようとしても近づけないという事態が生じると、輸入は行われない。輸入が行われなければ、生産=消費なので、食料自給率は100%になる。

 実は終戦直後の食料自給率は100%だった。このような事態では、食料危機が起こり、餓死者が発生しているのだが、食料自給率は100%である。しかし、今の食料自給率39%よりも、このような飢餓が生じる事態が良いとは、誰も言わないだろう。

 要するに、分母の消費の違いによって上がったり下がったりする食料自給率は、何の意味もないのだ。カロリーベースではなく、金額ベースだと野菜や果樹など低カロリーの農業生産も含まれるため、食料自給率は6割以上になるという主張もあるが、分母に消費を置く以上、金額ベースの食料自給率も意味がない。

 仮に、食料自給率が有意義な概念だとして、果たして農政は食料自給率を向上させるような手立てをしてきたのだろうか?むしろ逆である。

 国内の高い農産物価格を守るために必要となる、高い農産物関税を維持するため、WTOやTPPなどの国際交渉では、低い関税率で輸入される関税割当て数量(ミニマム・アクセス)を拡大するという対処方針を採ってきた。こうして輸入が増えれば、食料自給率は低下する。

 減反は1,200万トンくらい生産できるコメの生産量を760万トンまで減少させて、米価を高めようとする政策である。減反がなければ、コメの生産量が拡大して、食料自給率は上昇する。

 いずれの政策でも、農政が守ろうとしているのは、高い農産物価格である。消費者はこれによる農業保護の負担を強いられてきた。農家も、アメリカやEUのように、価格ではなく財政からの直接支払いで保護されれば、価格低下の影響はない。

 しかし、価格が下がると、それに応じて販売手数料収入が低下する農協は困る。つまり、日本の農政は、JA農協のために、高い農産物価格政策を採用し、食料自給率を低下させてきたのだ。

 政府は、現在の水準を45%とか50%に引き上げるという食料自給率向上目標を15年近く掲げているが、目標値に近づくどころか、上がる気配さえない。普通の行政だったら、これだけ時間をかけて、達成できなければ、役所の責任問題が生じるはずである。

 ところが、農林水産省は目標未達成の責任を取ろうとしないばかりか、これを恥じる様子さえない。農林水産省にとって、食料自給率が上がれば、農業保護の根拠が弱くなって困るのである。農林水産省の本音は食料自給率が低いままの方がよいのだ。

 本来、食料安全保障とは、海外から食料を輸入できなくなったときに、最低限どれだけ食用農産物を生産して国民の生存を維持できるかという問題である。海外から食料を輸入できなくなったときには、牛肉も豚肉もチーズもたらふく食べられる食生活など、存在しない。

 輸入途絶時に、国民に食料を供給するために最も必要なのは農地などの農業資源だ。戦後、農林省の深川の倉庫には、東京都民の3日分の食料しかなかった。加えて、1945年産のコメは不作だった。国民は小学校の運動場をイモ畑にして飢えをしのいだ。

 農地がなければ、コメもイモも作れない(なお、食料自給率に輸入トウモロコシを飼料とする畜産が含まれていないから、食料自給率が低くなるという批判もあるが、これも的外れである。海外からの輸入飼料で維持される畜産は、食料危機の際に、真っ先になくなってしまう)。

 しかし、農地は、1961年に609万ヘクタールに拡大し、その後公共事業などで105万ヘクタールを造成してきた。あわせて714万ヘクタールあるはずなのに、454万ヘクタールしか残っていない。今の全水田面積を上回る260万ヘクタールが、半分は耕作放棄、半分は宅地などへの転用によって、かい廃された。

 農地の転用利益は年間数兆円に及ぶ。食料安全保障に必要な農地を食いつぶすことで農家は潤っただけでなく、この莫大な利益が預金されるJAバンクも、メガバンクに発展した。食料自給率向上や食料安全保障を叫ぶ人たちが、農業保護の拡大だけを要求して、農地資源の維持という根本の問題に真剣に取り組もうとしないのは、不思議なことである。