メディア掲載  グローバルエコノミー  2014.08.14

農政改革(下)今秋の米価暴落が試す安倍政権の改革本気度

ダイヤモンドオンライン に掲載(2014年8月7日付)

 前回は規制改革会議の改革案をベースに農業分野の規制改革の真意を解説した。この改革案は、農協の意向を無視できない自民党によって、ほとんどと言って良いほど、骨抜きにされた。しかし、もうひと波乱起こるかもしれない。今年の秋、米価暴落が待ち受けているからである。今年産米の価格暴落は、農業改革を本来の姿に戻す千載一遇のチャンスである。


◆農協は「協同組合の理念」を無視

 全中会長は、規制改革会議の提案に対して、「組織の理念や組合員の意思、経営・事業の実態と懸け離れた内容だ」と非難した。しかし、この主張自体が、農協の実態とは懸け離れた内容だ。

 農協は「協同組合の理念」を無視して、組織の利益を優先してきた。"利用者が所有し、管理し、利益を受ける"というのが協同組合原則だが、今では組合員の多数を占めるようになった准組合員(この実態については本連載の『農業・農村の伝説、迷信、謎の正体』を参照)は、利用者であるのに、制度上組合を管理することはできないし、農協は組合員農家に高い農業資材を押し付けるなど、組合員の利益を損なってきた。協同組合原則では、その利用者は組合員のはずなのに、"まちのみんなの"をキャッチコピーとするJAバンクはTV番組「サザエさん」のスポンサーとして、組合員以外の国民一般に、その利用を呼びかけている。

 大手町にある37階の超高層JAビルの最上階に鎮座されます全中会長がご存じないのは無理もないが、農家らしい「農家の心」は、とっくの昔に農協から離れている。私の『農協解体』という本を読んだ見知らぬ農家から、よくぞ言ってくれたという感謝と激励の手紙が、続々と寄せられる。規制改革会議が提案した全農の株式会社化は、米や畜産物の販売、飼料の製造、飼料穀物や肥料原料などの輸入、国内での物流など事業の主要部門について、子会社化を進めてきた農協の「経営・事業の実態」そのものではないか。

 全中による農協の経営指導や監査が役に立っているのであれば、どうして農協職員による横領などの不祥事が絶えないのか?全中による監査は農協を全中の意向に従わせる効果を持っていないのか?

 なぜ全農を通じて買うと、肥料などの資材価格が高くなるのか?豊作が見込まれた2007年に農家への仮渡金を1万2,000円から一気に7,000円に引き下げ、コメを引き取らないという意思表示をした全農は、農家のために行動しているのか?株式会社化すればできなくなると農協が主張する共同販売・購入についても、全農が株式会社化されるだけで、依然として協同組合である単協(地域の単位農協)には、独占禁止法は適用されないので、可能である。しかも、生活資材の共同購入を行っているAコープは株式会社ではないのか?


◆骨抜きになった規制改革会議の答申

 6月の規制改革会議の答申は、農協の意向を忖度せざるをえない自民党によって、5月の改革案が骨抜きされたものとなった。全中は新たな制度に移行するが、「農協系統組織での検討を踏まえて、結論を得る」。全農の株式会社化も、「独占禁止法の適用除外がなくなることによる問題の有無等を精査し、問題がない場合には」という条件つきで、「株式会社化を前向きに検討するよう促す」。判断するのは全農である。準組合員については、「正組合員の事業利用との関係で一定のルールを導入する方向で検討する」とトーンダウンした。

 農協は、民間組織である農協に国が関与するのはおかしいと反論した。この議論の土俵に乗ってしまい、自民党の意向を反映した規制改革会議の最終答申は、農協改革について判断する主体を農協としてしまったのだ。

 しかし、銀行は他の業務の兼業を禁止されているし、生命保険会社は本体では損害保険業務をできない。指輪や農産物の販売から葬祭事業、銀行、生命保険、損害保険、全ての業務が可能な法人は、日本国内で農協しかない。会社法によって設立されている銀行は、規制法である銀行法がなくても困らないし、今以上に自由に活動できる。

 しかし、農協法がなくなれば、農協は存続さえできない。この特別の権能を認めている農協法は、戦後の食糧難時代にコメを政府に集荷するために、農林省がGHQと交渉して作った法律であって、農協が作ったものではない。今の時代の農協法のあり方について、国民が議論するのは当然である。それなのに、規制改革会議の答申は、完全に農協のペースにはまってしまった。

 ところで、全中や全農の組織の見直しは、2014年度に検討し、結論を出すこととなっており、法律上の措置が必要なものは次期通常国会に関連法案の提出を目指すとしている。つまり、今年の秋に農協法の改正案が検討されることになる。今のままでは、判断を任された農協が抜本的な改革をする意思がない以上、泰山鳴動ネズミ一匹という事態に陥りそうである。

 しかし、大きな波乱のタネがある。

 一つは、6月24日の安倍総理の次の発言である。「農協については60年ぶりの抜本改革となる。これにより中央会は再出発し、農協法に基づく現行の中央会制度は存続しないこととなる。改革が単なる看板の掛け替えに終わることは決してない」。規制改革会議の答申の文書や引き続き農協法に中央会を位置づけるという全中会長の主張とは異なり、この発言を普通に聞けば、農協法から全中の規定を削除するということになる。


◆今秋には米価が暴落する!?

 農政改革に嵐を呼びかねない、より大きな要素は、今秋、米価が暴落しそうだということである。しかも、その原因を作ったのが、今回の改革の主人公である農協自身である。詳しく説明しよう。

 2012年産は4年ぶりの豊作となった。他方、同年産米の集荷業者(農協)と卸売業者の相対取引価格(米価である)は、60キログラム当たり1万6,501円となっている。震災の影響で高値となった11年産をさらに上回り、10年産1万2,711円に比べると30%も上昇した。消費は減少傾向が続き、生産が増えているのに、価格が上がっているという不思議な現象が起きた。13年産も前年を上回る豊作となった。それなのに、米価は依然として1万4,500円程度の高い水準を維持している。

 コメが他の作物や品物と違うわけがない。供給が増えれば価格が下がるし、供給が減れば価格は上がる。これまでも豊作の時は価格が低下し、不作のときには価格が高騰した。例えば、平年作に比べ10%の生産減となった03年産については、米価は前年比30%増加の2万2,000円(60キログラム当たり)となっている。

 モノの価格が、需要と供給の道理から離れた動きをする場合には、裏に何らかの人為的なものが働いているはずである。話は単純である。米流通の5割を牛耳る全農が、高い米価を維持するために、供給を抑えたのである。


◆農協が米価を操作しても尻拭いは財政

 しかし、米が全農に集まっているのに、供給を制限すれば、全農が抱える在庫が増える。米の全流通量600万トンに対して、現在全農はその1割以上に相当する約70万トンもの過剰在庫を抱えていると言われている。11年、12年6月の民間在庫は180万トンだった。それが13年6月には224万トンになり、14年6月には255万トンになると農水省は予想している。

 つまり、11年、12年に比べると75万トンもの過剰在庫を民間、すなわち全農が抱え込んでいることになる。そのうち半分の35万トンは、農協や卸の団体などでつくる米穀安定供給確保支援機構が、機構が持っている約220億円の過剰米対策基金を全額使い切って、買い取り、市場から隔離することにした。それでも全農は40万トン程度の過剰在庫を抱えることになる。

 在庫が増えると、農協の保管経費が上昇し、農協経営を圧迫する。このため、いずれ農協は在庫を処分しなければならない。そうすると米価は下がる。これを見込んで、米の先物価格は既に8,000円台半ばまで低下している。14年産米の価格が先物価格の水準となれば、13年産米に比べて、なんと4割もの暴落となる。それだけではない。14年産米は平年作でも、過剰作付により19万トンの過剰米が出てくると全農は予測している。14年産米が豊作だと、過剰米はさらに積みあがる。14年産の米価は今の先物価格よりもっと下がるだろう。

 農協の米の販売手数料は米価に比例するので、米価が下がると農協は手数料収入を確保できなくなり、農協経営は圧迫される。さらに、収入が減少した農家から、農協に対する非難が巻き起こるに違いない。では、農協はどうする?農協の最大の経営資産は政治力である。これまで米が過剰になると、農協は永田町(自民党)に圧力をかけ、何らかの名目をつけて政府に過剰在庫を買い入れさせ、海外への援助や家畜の餌に処分させてきた。農協が米価を操作しても、その尻拭いは財政、つまり納税者である国民がしてくれるという、うまい仕組みだった。


◆改革本気度が問われる"秋の陣"

 今回も、農協はこの手を使ってくるだろう。しかし、これは、農協改革を押し戻そうとしている農協にとって弱味である。政府が過剰米を買ってくれなければ、身から出たサビとはいえ、農協は大変な損失を被ることになるからだ。

 安倍政権が真剣に農業改革をしようとするのならば、今年産米の価格暴落は、千載一遇のチャンスである。政府の在庫は備蓄米に限定されているので、それ以上の米を買い入れる大義名分は政府にはない。法律制度は、米価維持のための政府買い入れを認めていないのだ。

 安倍総理が前述の自身の発言を実現しようとするのであれば、農協が実のある農協改革案を示さない限り、過剰米の買い入れは断固として認めない(法律上買う必要はない)という態度をとり続ければ良い。安倍政権が不退転の態度を示せば、農協は膝を屈せざるを得ない。これまで通り、農協の言うがままに過剰米を納税者の負担で買い入れるのか、それとも米価暴落を機に、今春には農協と自民党に換骨奪胎された農協改革案を本来の姿に戻すべく、反転攻勢に転じることができるのか?安倍政権の改革本気度が問われる"秋の陣"となる。