メディア掲載  外交・安全保障  2014.06.10

敵の敵は味方にあらず

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2014年6月5日)に掲載

 先週末のシンガポールでの「アジア安保会議」は大成功だったようだ。日本の首相が初日の夕食会で基調講演を行い、それが高く評価されるなんて過去に記憶がない。今週はこの話から始めよう。

 そもそもこの「会議」、公式の国際会議ではない。英国有力シンクタンクが毎年主催し、一昔前まではアジア各国の国防相が参加する中規模のシンポジウムに欧米の一部元首・閣僚が参加する「知る人ぞ知る」会合だった。

 隔世の感とはこのことだろう。お世辞抜きで、今回安倍晋三首相と小野寺五典防衛相はよくやったと思う。

 多くの参加者の注目を集めただけでなく、日本の立場に理があることを(中国を除く)世界に情報発信できたからだ。この点は欧米を含む複数の参加者に確認したので間違いないだろう。

 安倍首相は中国の「オウンゴール」にも助けられた。会議直前、中国は南シナ海にオイルリグ(掘削装置)を持ち込み、ベトナム漁船を沈没させた。東シナ海上空で自衛隊機に異常接近し、不必要に緊張を高めた。一連の事件がなければ安倍スピーチは、これほど注目されなかったかもしれない。

 以上の通り、シンガポールで中国は事実上孤立したのだが、日本では逆に「中露・中韓の接近と米中の協調で日本は孤立しつつある」と見る向きが少なくないのだ。なぜ「戦術」にばかり目を奪われ「戦略」が見えないのだろう。ここは筆者の独断と偏見にお付き合い願いたい。まずは「中露接近」説から始めよう。

一般に「敵の敵は味方」といわれる。米国が共通の「敵」である中露は「味方」同士というわけだ。確かに東南アジアでは、フィリピンとベトナムが対中脅威感を共有する「味方」となりつつある。だが、これはあくまで中規模国家同士の話。相互に地政学的矛盾を持たないからこそ「敵の敵は味方」なのだ。

 大きな国同士ではそうはいかない。「中露接近」というが、中露は地政学的に「潜在的脅威」同士なので、「敵の敵」は必ずしも「味方」にはならない。どちらも一国では米国に対抗できないだけの話。こうした中露の行動はあくまで便宜的、一時的、戦術的なものと見るべきだろう。

 それでは「米中協調」説はどうか。いかに対立しているように見えても、米国は日本よりも中国との経済関係を重視するとの見方が日本ではエコノミストを中心に根強い。

 だが、1990年代以降「中国を関与させたいが、拒否するなら力をもって抑止する」という米国の対中政策は基本的に変わっていない。言い換えれば、中国の台頭が平和的で既存の国際秩序を受け入れるものなら、米国は中国の経済力を最大限活用する。

 逆に、中国が東アジアの現状、特に海洋秩序に挑戦するなら、米国はこれを洋上で軍事力により抑止する、ただし、中国大陸にまで戦線を拡大するつもりはない、ということだ。米国は中国との戦争を望んでいないし、そんな覚悟もないからこそ、中国を「重視」するだけのこと。これを「米中接近」と誤解してはならない。

最後に、「中韓接近」はどうか。有史以来中国が長く直接・間接に支配してきた朝鮮半島は中国との地政学的矛盾を抱えている。されば、対日関係をめぐる中韓の接近も、中露同様、基本的には戦術的であるはずだ。理不尽な列強に囲まれた半島の住人には地政学的友人など存在しない。彼らは中国もロシアも米国も日本も信用していない。

 「敵の敵」もまた「敵」なのだ。過去の経緯にかんがみれば、韓国は日本との地政学的矛盾への恐怖心を捨て切れないのだろう。今こそ日本は、半島に野心を持たず、日韓間に地政学的矛盾がないことを韓国に粘り強く説明していくべきである。