メディア掲載  グローバルエコノミー  2014.05.30

驚いた! 規制改革会議の農協改革案に大きな意義

WEBRONZA に掲載(2014年5月16日付)

 政府規制改革会議が5月14日に出した農協改革案には驚いた。すでに、新聞では概要が報じられていたが、本当に文書で出されるとは、思わなかった。

 農協は戦後政治における最大の圧力団体である。農協問題は難攻不落の要塞のようなものだ。1955年には総理を目指していた有力政治家、河野一郎農林大臣が、農協から金融事業を分離しようとしたが果たせなかった。このときは腹心の国会議員に試案を出させただけだった。

 近年の総理では最もリーダーシップを発揮した小泉総理の下でも、規制改革会議で同じような分離論が検討されようとした。しかし、検討もしないうちに自民党農林族が官邸に押し掛けて、これを潰してしまった。

 省庁は当然のこと、諮問機関も含め、政府の機関が文書を出したことは、一度もなかった。検討していることが伝えられるだけで、農協から大変な政治的圧力が加えられてきた。

 今回は、政府の機関が文書で改革案を公表したのである。稲田担当大臣は当然内容を了承の上だろうし、農協を敵に回そうということであるから、安倍総理や菅官房長官も、内容はともかく、少なくとも文書を出すことには了解しているはずである。

 この意義は大きい。私が若い役人時代、農水省の先輩から「政府の最終決定ではなくても、およそ役所の文書というものは、いったん書かれたり、ましてや出されてしまったら、修正するのは容易ではない。7割方決まってしまったようなものだ。」と言われたことがある。

 もちろん、これから規制改革会議は、農水省や自民党と折衝しなければならない。問題の困難性から、改革案に書かれていることが、7割も実現するとは思えない。改革案に書かれている3点は、農協にとってはとんでもないことだからだ。

 第一に、農協の政治活動の中心だった全中(全国農業協同組合中央会)に関する規定を農協法から削除してしまう。農協法では全中は系統農協などから賦課金を徴収することができることとされている。これで全中は78億円を集めている。農協法の後ろ盾がなくなれば、全中は強制的に賦課金を徴収することはできなくなる。もちろん、任意の金を農協などから集めて政治活動をすることは可能だが、十分な金は集められなくなるだろう。農協の政治活動にとっては打撃である。

 農協は政治力を行使して、農業の構造改革に常に反対してきた。農協が推進した高米価・減反政策で、コストの高い、多数の零細兼業農家が滞留し、コメ農業は衰退した。兼業農家の農外所得、農地の宅地等への転用による巨額な収入、(地域の住民なら誰でもなれる)准組合員の余剰資金が、JAバンクの口座に振り込まれ、農協は我が国第二位のメガバンクになった。コメは主食であるはずなのに、国民・消費者に高い価格を負担させ、かつ農業を衰退させることで、農協は繁栄してきた。その政治力に一撃が加えられることとなる。

 第二に、全農の株式会社化である。これは、協同組合ではなくすということである。これには二つの効果がある。

 一つは、協同組合として受けてきた独禁法の適用除外(私的独占とカルテル)を全農は受けられなくなることである。本来、農協は農家が安く資材を購入するために作った組織だった。しかし、全農を中心とした農協は、肥料で8割、農薬、農業機械で6割の販売シェアをもつ巨大な独占企業体である。これに独禁法が適用されないことで、農協は高資材価格を農家に押し付け、最終的には高い食料品価格を消費者に押し付けてきた。農産物、食料品についても同じである。例えば、2012年産米は豊作だったのに、コメについて5割のシェアを持つ全農は、意図的に供給量を絞ることで米価を高く操作し、消費者に負担をかけることにより、米価に比例する販売手数料収入を確保している。

 二つ目は、全農にとって、独禁法の適用除外だけでなく、協同組合という理由で得てきた様々な特権が失われることである。安い法人税(一般の法人が25.5%なのに19%)、組合員への配当の非課税、固定資産税の免除、金融事業からの損失補填、多額の補助金などである。これらがなくなると、一般の企業と同じ条件で競争するしかなくなる。競争が行われれば、当然資材価格や食料品価格は低下するだろう。

 第三は、信用(銀行)・共済(保険)事業について、地域農協を農林中金や共済連合会の代理店にしようというものである。代理店としての報酬は受けるので、現状から収入的には大きな変更はないが、形式的には、地域農協から信用・共済事業を分離することとなる。

 今年4月に出した小著『農協解体』で以上の点には触れてきた。特に、"全農の株式会社化"は、この本の中で私が初めて提案したものである。しかし、これらの点が、本当に政府の文書で書かれるとは、想定もしなかった。もちろん、これらが実現するためには長い時間がかかるかもしれないが、高い支持率のある安倍政権に正面切って立ち向かうことは、農水省はもとより自民党にとっても難しいだろう。改めて、農協改革が政府の文書になった意義は極めて大きいことを強調しておきたい。