メディア掲載  グローバルエコノミー  2014.04.30

TPP日米協議と国益

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2014年4月29日放送原稿)

1.今回のTPP協議で、どのようなことが決まったのでしょうか?

 日米共同声明のなかで、TPPについて、「両国は,TPPに関する二国間の重要課題で前進する道筋を特定した。このような前進はあるものの,TPPの妥結にはまだなされるべき作業が残されている。」と書かれています。

 甘利大臣は、「大筋合意というものではないが、収斂に向けて前進した」と語っています。報道によると、『日本の農産品「重要5項目」の関税を残す。このうちコメ、麦、砂糖は現在の関税を維持する。コメ、麦については、米国産の輸入枠を拡大する、牛肉・豚肉と乳製品は関税を引き下げるが、下げ幅について調整が残っている。』という方向のようです。


2.どのように、分析できますか?

 まず、アメリカの砂糖は競争力がありません。コメは政治的な重要性から、その関税を日本が削減できないのは、アメリカも十分わかっています。小麦は、農水省が独占的に輸入しているため、数十年間アメリカ6割、カナダ2割、オーストラリア2割のシェアが固定しています。関税がなくなると、アメリカはカナダ、オーストラリアだけでなく、EUなどとも競争しなければならなくなります。そうなるとアメリカの輸出が減るかもしれません。コメも小麦も、関税のかからない輸入枠を拡大することがアメリカの利益になります。アメリカは日本に関税維持という名を与えて、輸出拡大という実をとったと思います。


3.牛肉や豚肉では、アメリカは関税の大幅削減を要求しているようです。

 これがまだ決着していないようです。しかし、関税がないとこれらの産業が全くやっていけなくなるかというと、必ずしもそうではないと思います。

 牛肉については、関税は91年の70%から、ほぼ半分の38.5%に削減されています。それなのに、牛肉生産の大宗を占める和牛の生産は拡大しています。しかも、2012年から為替レートは35%も円安になっています。2012年に100円で輸入された牛肉は38.5%の関税をかけられて、138.5円で国内に入っていました。その牛肉は今の為替レートでは135円で輸入されています。関税がなくても、輸入牛肉の価格は2012年とほぼ同じです。

 酪農家が飼育する乳牛から生まれるオス子牛や乳が出なくなった乳廃牛を肥育したものには、影響が出るかもしれませんが、数量では、国内牛肉生産のうち3分の1で、生産額では、4,600億円の牛肉生産額のうち9分の1の500億円程度と推測されます。影響が出れば、財政から直接支払いを行うことも考えられますが、3分の1価格が低下しても150億円の補てんで済みます。

 豚肉については、キログラム410円以下の輸入価格の豚肉について、この410円と輸入価格の差を関税として徴収して、輸入価格を410円まで引き上げるという特殊な制度があります。実際には、輸入業者がヒレやロースなどの高級部位とハムやソーセージ用の低級部位を上手に組み合わせて、キロあたりの輸入価格をこの410円近くにあわせて輸入しているため、ほとんど関税は支払われないで輸入されています。輸入額は4千億円なのに、2010年度で180億円しか関税は支払われていないと報道されています。率にすると4.5%程度です。

 ただし、アメリカと合意しても、交渉はこれで終わりではありません。コメはベトナム、麦はカナダ、オーストラリア、砂糖はオーストラリア、メキシコ、豚肉はカナダ、乳製品はオーストラリア、ニュージーランドとの交渉が残っています。特に、日米協議であまり話題にならなかった乳製品は、ニュージーランドという世界で最も競争力のある輸出国を残しており、難航することが予想されます。


4.全体としての評価はどうでしょうか?

 今回、政府の高官は、国益と国益をかけた交渉だと発言していました。輸出業界の利益を拡大しようとしていることがアメリカの国益だということは、よくわかります。しかし、日本の国益は何だったのでしょうか?日本の農業を守るということでしょうか?しかし、農業を守るなら関税ではなくても、アメリカやEUのように財政からの直接支払いでも可能ですし、この時価格が下がるので、消費者は安い食料品を購入できます。

 結局、日本政府が国益と称して守ろうとしたのは、農業ではなく、高い農産物価格、つまり高い食料品価格です。この高い価格を維持するために、関税が必要になり、その関税を守るために、コメや小麦の関税ゼロの輸入枠を増やしてアメリカの関連業界をなだめようとしたのです。輸入が増えるので、食料自給率は下がります。消費税を引き上げるときには、貧しい消費者の負担が重くなるという逆進性が問題となりました。しかし、日本の消費者は、国産品だけでなく、輸入される食料品まで高い価格を払っています。つまり、日本の農業・食料政策や農産物貿易政策は、逆進性のかたまりなのです。OECDは、日本の消費者が負担している額は4兆円になると計算しています。国権の最高機関である国会が、消費税の逆進性緩和のために食料品の軽減税率を検討するのであれば、農業・食料政策の在り方についても、ぜひ検討してほしいと思います。