メディア掲載  グローバルエコノミー  2014.04.03

TPPと農業

IIST e-Magazine  に掲載(2013年11月29日付)(「TPPと農業再生」シリーズ第1回)

 TPPに参加すると日本農業は壊滅すると叫ばれている。しかし、日本農業はそれほど弱い存在なのか?人口減少時代を迎え、縮小する国内市場を関税で守るだけで、農業は存続できるのか?


 自民党や国会の委員会は、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖などを関税撤廃の例外とし、これが確保できない場合は、TPP交渉から脱退も辞さないと決議している。国会議員にとっては、関税維持が国益のようだ。

 しかし、関税で守っているのは、国内の高い農産物=食料品価格だ。例えば、消費量の14%に過ぎない国産小麦の高い価格を守るために、86%の外国産麦についても関税を課して、消費者に高いパンやうどんを買わせている。

 米については、5千億円もの税金を使って農家に減反に参加させることにより、供給を減少させ、主食である米の値段を上げて、5千億円を超える消費者負担を強いている。1兆8千億円の米生産に対して、国民負担の合計は1兆円を超える。高い米価も関税で守られている。

 多くの政治家は、貧しい人が高い食料品を買うことになるとして、消費税増税に反対した。しかし、関税や減反で食料品価格を吊り上げることは、国益らしい。

 アメリカは、高い価格ではなく財政からの直接支払いで農業を保護する政策に、切り替えている。こうして安い価格を実現した上、農業予算の3倍を低所得者向けの食費補助に充てている。消費者保護からも、アメリカの政策は論理一貫している。

 関税がなくなり価格が下がっても、アメリカのように財政で補填すれば、農家は影響を受けない。消費者は利益を受ける。内外価格差が大きいので膨大な財政負担が必要になるという農業界の主張があるが、これは今膨大な消費者負担を強いていると白状していることに他ならない。先ほどの小麦のように、消費者は輸入している外国産麦にも高い価格を払っているので、消費者負担はこれよりもさらに大きい。国内農産物価格と国際価格との差を直接支払いで補填するだけで、消費者にとっては、国内産だけでなく外国産農産物の消費者負担までなくなるという大きなメリットが生じる。

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 しかし、アメリカと異なり、日本が国際価格より高い国内価格で農家を保護するという政策を取り続ける限り、関税が必要となる。日本以外に、こんなに多くの品目を例外要求している国はない。最終的に、日本政府は、せめてコメだけでも例外にしてくれと交渉するのだろう。

 これには、日本の農業は規模が小さいので、米国や豪州の農業とは競争できないという前提がある。農家一戸当たりの農地面積は、日本を1とすると、EU6、米国75、豪州1309である。規模が大きい方がコストは低い。しかし、規模だけが重要なのではない。世界最大の農産物輸出国米国も豪州の17分の1に過ぎない。土地の肥沃度が異なると、作物も単位面積あたりの収量(単収)も違う。土地が痩せている豪州では主に草地で牛を放牧しているのに対し、米国はトウモロコシ、大豆、小麦生産が主体である。

 また、自動車と同じく、農産物でも品質格差は大きい。香港では、同じコシヒカリでも日本産の価格はカリフォルニア産の1.6倍、中国産の2.5倍となっている。800万トンある日本産に、品質面で対抗できるのは、世界貿易量3千万トンの1%、30万トンに過ぎないといわれる。

 しかも、米国等と競争できないという議論には、関税が撤廃され、政府が何も対策を講じないという前提がある。EUは米国の10分の1、豪州の200分の1の規模ながら、高い生産性と政府からの直接支払いで穀物を輸出している。イギリスの小麦単収は豪州の5倍である。

 関税がなくなり価格が下がっても、財政で補填すれば、農家は影響を受けない。実際には、日本米と中国産やカリフォルニア産との価格差は、30%程度へ縮小している。現状でも米を輸出している農家は増えている。内外価格差が縮小しているので、農業界の主張と異なり、直接支払いの額も少なくて済む。

 生産を減少させて米価を高める減反政策が、コメの競争力を奪ってきた。単位数量あたりのコストは、面積あたりのコストを面積あたりの収量(単収)で割ったものだから、単収が上がれば、コストは下がる。しかし、生産を抑制する減反導入後、単収向上のための品種改良は行われなくなった。今では日本の平均単収はカリフォルニアより4割も少ない。その上、米価が高いので、コストの高い零細農家も、農業を続けた。零細農家が農地を出してこないので、主業農家に農地は集積せず、規模拡大は進まなかった。

 減反を廃止して米価を下げれば零細な兼業農家は農地を貸し出す。主業農家に限って直接支払いを交付すれば、その地代負担能力が上がって、農地は主業農家に集まる。15へクタール以上の農家の米生産費は60キログラムあたり6,378円である。減反の廃止で、カリフォルニア米並みに単収が増えれば、そのコストは1.4分の1、4,556円に減少する。全国平均9,478円に比べ、半分以下の水準である。

 高い関税で外国産農産物から国内市場を守っても、それは高齢化と人口減少で縮小する。農業を維持、振興しようとすると、輸出市場を開拓せざるを得ない。しかし、農業がいくらコスト削減に努力しても、輸出相手国の関税が高ければ輸出できない。貿易相手国の関税を撤廃するTPPなどの貿易自由化交渉に積極的に対応しなければ、日本農業は安楽死するしかない。

 減反廃止で国内米価が8,000円に低下し、農村部の労働コストの上昇や人民元の切り上げによって中国産米の価格が1万3,000円に上昇すると、輸出が行われることで国内価格は上昇する。生産は拡大し、コメ農業所得を倍以上に拡大できる。

 現在の価格でも、コメを輸出している生産者がいる。世界に冠たる品質のコメが、生産性向上と直接支払いで価格競争力を持つようになると、鬼に金棒である。