メディア掲載  グローバルエコノミー  2014.04.03

日豪経済連携協定交渉

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2014年4月1日放送原稿)

1.日本とオーストラリアが2国間で進めてきた経済連携協定交渉が、大詰めを迎えています。経済連携協定やオーストラリアとの関係について、説明してください。

 経済連携協定とは、二国間または複数国間で、関税を撤廃したり、サービス貿易を推進したり、投資を自由化したりするものです。TPP、環太平洋経済連携協定もこの一つです。貿易以外の部分を含んでいますから、日本では経済連携協定と呼んでいます。外国では、自由貿易協定と呼ぶのが一般的です。

 日本とオーストラリアとの経済関係は極めて重要です。オーストラリアは日本に主に石炭、石油、鉄鉱石を輸出しています。日本は豪州に自動車などを輸出しています。日本にとって、オーストラリアは資源エネルギーの供給国となっています。特に、石炭については、日本の輸入の6割はオーストラリアからです。

 そのオーストラリアとの間で、日本は2007年に経済連携協定を結ぶための交渉を始めました。第一次安倍内閣の時です。しかし、それから7年も経っているのに、交渉はまだ妥結していません。


2.その理由はどのようなものでしょうか?

 日本が抱える農産物の貿易自由化問題です。TPPについては、日本の中で、農産物だけではなく、投資やサービスなどの多くの分野を含むものであるという強い反対意見が出されました。特に、国民皆保険制度が崩壊したり、医薬品の価格が高騰したり、ISDS条項というものを使って日本政府が投資したアメリカ企業に訴えられて、食の安全などの規制を撤廃させられるなどと、主張されてきました。日本とオーストラリアとの経済連携協定では、これらの問題はありません。オーストラリアも国民皆保険制度を持っていますし、医薬品の特許権が強くなって、その価格が高騰することには反対です。また、前の政権まで、ISDS条項には反対していました。つまり、オーストラリアとの交渉では、農業が大きな問題となっています。

 国会の農林水産委員会では、「米、小麦、牛肉、乳製品、砂糖などの農林水産物の重要品目が、除外又は再協議の対象となるよう、政府一体となって全力を挙げて交渉し、十分な配慮が得られないときは、政府は交渉の継続について中断も含め厳しい判断をもって臨むこと」という決議が行われています。TPPについての国会決議とほとんど同じ内容です。

 そもそも、国会決議とは、法的な拘束力のないものです。ガットのウルグァイ・ラウンド交渉では、コメは一粒たりとも入れないという衆参両院の本会議の決議が4回行われていましたが、最終的にはウルグァイ・ラウンド交渉を妥結するという、より大きな国益のため、コメの部分開放に踏み切りました。しかし、今回は、TPP交渉だけではなく、オーストラリアとの間の交渉でも、農業団体は、国会の農林水産委員会の決議を遵守すべきだと主張しています。この決議は、牛肉、乳製品、砂糖などの農林水産物の重要品目を経済連携協定の対象から除外するよう求めているのですから、関税を削減することさえ、決議に反することになってしまいます。


3.具体的には、何が問題となっているのでしょうか?

 大きな問題は、牛肉の38.5%の関税をどこまで削減するかです。本来、経済連携協定では関税の撤廃が要求されるのですが、オーストラリアはそこまで求めていません。オーストラリアは譲歩しているのです。そのうえで、この関税を半分にしてほしいと要求しています。これに対して、日本の農業界は、削減するとしても、わずかな削減にとどめたいとしています。

 日本の牛肉には二つの種類があります。一つは和牛です。これはオーストラリアから牛肉が輸入されても、影響を受けません。もう一つは、酪農家が牛乳を搾るために使うホルスタインなどの乳牛から生産されるものです。乳を出させようとすると、妊娠させ、出産させなければなりません。生まれてくる牛は、オスとメスが半々となります。メスは酪農家が乳をしぼるための牛に育てますが、オスは肉牛農家が引き取り、アメリカから輸入されたトウモロコシをエサとして与えて、大きくします。オーストラリア産の牛肉と競合するのは、この乳牛のオス子牛を輸入トウモロコシで大きくしたものです。

 しかし、1990年に牛肉の輸入数量制限を撤廃して自由化して以降、日本の牛肉業界は、和牛と乳牛の交配牛を作って肉質をよくするなどの工夫をしてきました。さらに、最近では、和牛の受精卵を乳牛に移植して、乳牛から和牛を産ませるという方法も普及しています。この方法だと、乳牛から和牛をつくるわけですから、オーストラリア産の牛肉とは競合しません。すでに対策はあります。

 また、2012年まで70円台で推移してきた対米ドルの為替レートは105円にまで円安となっています。この変化は牛肉の関税38.5%とほとんど同じです。豪ドルに対しても20%程度円安となっています。円高だった時期でもオーストラリア産の牛肉と十分競争できていたはずですから、今の円安の為替レートで関税が削減されても十分競争できるはずです。それでも十分でないとすれば、アメリカやEUが行っているように、農家に財政から直接支払を交付するという手段があります。関税だけが保護の手段ではありません。


4.日本の輸出はどうでしょうか?

 韓国はオーストラリアと経済連携協定を結び、オーストラリア産の牛肉にかけている40%の関税を15年かけて撤廃し、ゼロにすることを約束する代わりに、オーストラリアに自動車を輸出するときにかかる関税5%を2015年1月から即時撤廃することで合意しました。オーストラリアは日本に対しても直ちに大幅な関税削減を求めているわけではないと思います。オーストラリアは日本に牛肉を1,300億円ほど輸出していますが、日本はオーストラリアに年間7,000億円ほど自動車を輸出しています。日本の農業界がかたくなな態度をとることによって、オーストラリアの自動車関税が残るようだと、日本車は韓国にオーストラリア市場を奪われてしまいます。

 日本との関係を重視しているオーストラリアの首相が訪日します。国会の農林水産委員会が行った決議にとらわれることなく、安倍首相は、大局的な見地から、自身が始めたオーストラリアとの経済連携協定交渉を妥結する時期に来ていると思います。