コラム  外交・安全保障  2014.03.31

核セキュリティ・サミット

 オランダのハーグで3月24日から2日間、核セキュリティ・サミットが開催された。世間の注目は日米韓首脳会合とロシアによるクリミア併合問題を協議するG7会合のほうに集まったが、これは53か国の首脳が参加した重要なサミットである。

 核セキュリティ・サミットは2010年に初めてワシントンで開かれた。その主要テーマはテロ攻撃から核物質をいかに防御するかである。2001年に同時多発テロ事件が起こって以降米国は対策を強化したが、その後もテロ攻撃の標的となってきた。オバマ大統領は選挙前から核問題に強い関心を持ち、大統領就任後早々の2009年4月、プラハでの演説で核兵器のない世界を実現しようと呼びかけるとともに、核テロは「地球規模の安全保障に対する最も緊急かつ最大の脅威である」と指摘し、核セキュリティ・サミットを提唱した。

 核のセキュリティに対する最大の脅威はテロ攻撃であるが、核に関連する問題は幅広く危険性もさまざまである。ソ連邦が解体するに際しては、使用されなくなった兵器から取り外された核物質が流出し、国際的な闇市場に出回った。このような大混乱はひとまず収まっているが、医療用の核物質が盗難に遭うケースなどは現在でもかなり頻繁に起こっている。IAEA(国際原子力機関)には核物質の不正な取引に関するデータベースがあり、それによると、1993年から2011年末までに報告された事案は合計2164件にのぼり、そのうち399件は放射性物質の不法所持関連の犯罪行為であり、588件は放射性物質の窃取または紛失などである。要するに1年に百件くらいの事故が起こっているのである。これは国際機関が把握している事例だけのデータであり、報告されていないこともかなりあるそうだ。

 第2回目の核セキュリティ・サミットは2012年、ソウルで開かれた。このサミットでもテロ攻撃への対処が主たるテーマであったが、福島原発事故のちょうど1年後であり、核の安全、つまり、放射能の危険から人間を守ることが大きなテーマとなった。核セキュリティを確保しながら安全性を高めるのは必ずしも容易でなく、セキュリティを高めるためには秘密保護が重要な課題であるが、安全性を高めるためには情報の開示が絶対に必要であるという矛盾した側面もある。

 ソウル・サミットでは「原子力安全と核セキュリティの複雑な関係にかんがみ、統一的で矛盾のない方法で安全性とセキュリティを検討していかなければならない」と指摘された上、IAEAに対し「安全性とセキュリティのインターフェイス」について検討を進めることが求められた。IAEAでは専門家による検討結果がすでに提出されている。

 ハーグ・サミットでは、これまでの2回のサミットと同様核物質の防護と国際協力が主たる議題となっているが、これに加え、世界中の「危険な核物質を減らすこと」も3大目的の1つとして掲げられた。

 「危険な核物質を減らす」ことが危険を少なくするもっとも効果的な手段であるのは当然であるが、この考えは核兵器の廃絶につながりうる。核セキュリティ・サミットは核兵器の廃絶を議論する場でないというのは国際的な常識であるが、オランダ政府が一般的な形で危険な核物質を減らすことをサミットのテーマとして掲げたのはどのような意図なのか注目される。オランダは国際司法裁判所(ICJ)を始め国際の平和のために国連やその他の活動に非常に積極的であり、ICJは1996年に、判決でなく「勧告」であったが、核兵器は原則違法であるという判断を下したことがある。また、核軍縮・不拡散議員連盟(PNND)は2月末、核セキュリティ・サミットでは、核廃絶を目指す軍縮も議題とすべきだとする声明を採択した。NGOのなかにもそうすべきであるという意見がある。

 実は、この核セキュリティ・サミットにはNPT(核兵器不拡散条約)より優れている面がある。NPTは核兵器国を国連安保理のp5国に固定し、それ以外の国は核兵器を保有していても条約上「核兵器国」とみなさないことになっており、そのため、インド、パキスタン、イスラエルはNPTに参加していない。北朝鮮はみずからNPTから脱退したと主張しているが、各国は認めていない。NPTは条約が成立した時点で核兵器を保有していた国以外には核兵器の拡散を許さないという内容なので、核兵器国を固定したのは当然だったのであるが、国際社会の現実は当時と違ってきている。

 核セキュリティ・サミットはNPTに参加していない核保有国をすべて含めている。イランと北朝鮮は参加していないが、参加を求めていないのであり、招待すれば会合に出てくるであろう。いずれにしても核セキュリティ・サミットにはNPTのような制約はない。このことが、核セキュリティ・サミットを今後もっと広く活用し、核廃絶問題も取り上げるべきだとする意見の背景になっている。

 ハーグ・サミットではこの問題は正面から議論されることはなかったようだが、各国が保有する核物質は最小限にするべきであるということが合意された(コミュニケ第21項)。米国など核兵器国は核の廃絶はこの場で議論したくないが、核物質の拡散には警戒的であり、この合意はその考えに沿っている。

 ハーグ・サミットで日米両国は核兵器の製造につながる高濃縮ウランやプルトニウムの保有量の最小化を図る、世界規模の取り組みの一環として、茨城県東海村にある日本原子力研究開発機構の高速炉臨界実験装置から、高濃縮ウランとプルトニウムを全量撤去し、アメリカで処分することにしたと発表した。これは、日本の保有する核物質の量(44トン)からすれば微量(300キロ)であるが、危険な核物質を減少させるということに間接的に資することであり、それなりに歓迎されるであろう。しかし、前述の核物質最小化合意は核兵器国以外では日本にもっとも関係が深いものであり、日本の保有量の多さに各国は今後も注目し続けるものと思われる 。