メディア掲載  グローバルエコノミー  2014.03.26

減反見直しが招く合成の誤謬

週刊農林2014年3月15日号に掲載(週刊農林シリーズ3(完))

2007年に行なわれた減反廃止?

 今回の政策変更を論ずる前に、過去に全く同じような政策変更が行われたことを、述べておこう。未だに、今回の政策変更を減反廃止と、報じているメディアがあるからである。

 2002年の政府・与党の合意によって、2007年度から、政府によるコメの生産目標数量の配分を止め、減反を農協に任せるという、政策変更が行われる予定だった。しかし、2007年、米価が低下した。事前に、農協には、種もみの取引が活発で、過剰な作付けがあるという情報が、入っていた。そこで、農協は先手を打って、農家への仮渡金を前年の1万2000円から7000円へと大幅に減額し、組合員に対し事実上の集荷拒否を通告した。

 さらに、農協は政治力を発揮して、政府に34万トンを備蓄米として買入れ・保管させ、米価の底上げを行なったほか、約1600億円だった減反補助金を補正予算で500億円上積みさせ、翌年の減反を10万ヘクタール強化して、110万ヘクタールとした。次の選挙を強く意識した自民党農林族幹部の間では、減反を法律で農家に強制すべきだという案も、強く主張された。

 コメ政策の変更は、実施初年度で撤回され、農林水産省、都道府県、市町村が全面的に実施するという従来どおりの体制に戻った。さらに、「生産調整目標の達成に向けて考えられるあらゆる措置を講じる」など4項目にわたる「合意書」に、全国レベルでは、農林水産省局長と農協など関係8団体のトップが、都道府県レベルでも、地方農政局長と関係団体が、それぞれ連名で署名するなど、40年近い減反の歴史のなかでも異例の対応を行なった。


大手マスコミの大誤報と安倍総理の発言撤回

 2009年に政権に就いた民主党は、農家が生産目標数量(割り当てられた減反面積全ての減反)を守らなくても、減反した面積の部分には、減反補助金を交付することにした。その代わり、2010年度から、生産目標数量を遵守する農家に、戸別所得補償を導入した。今回の見直しで、生産目標数量と唯一関連していた戸別所得補償が5年後廃止されることは、生産目標数量と関連する政策がなくなることを意味する。

 しかし、2007年当時には戸別所得補償はなかったので、これは2007年の政策変更に戻っただけの話だ。国会の施政方針演説で、安倍総理は、40年間できなかった減反廃止を達成したのだと、高揚しながら発言した。しかし、2007年の第一次安倍内閣の時、今回の見直しと同じことをやっていたのである。後に、安倍総理は、衆議院予算委員会で、生産調整(減反)の必要性を強調する自民党農林幹部や農林水産省との発言の食い違いを指摘され、一般の人に分かりやすく発言しただけだとして、減反廃止発言を撤回した。

 政府が生産目標数量の配分を行わないことに目が奪われ、マスコミは減反廃止と報じた。しかし、1970年以来続いている、減反面積への減反補助金は依然として交付されるだけではなく、拡充される。安倍総理に続き、マスコミも誤報を修正すべきではないか。


農協による生産調整は独占禁止法違反

 独占禁止法では、カルテルは禁止されている。しかし、小規模事業者や消費者が協同組合を組織する場合には、独占禁止法の適用除外が認められ、カルテル行為は許されている。

 しかし、これらの組合であっても、ほかの事業者と共同して特定の事業者との取引を拒絶したりするような「不公正な取引方法を用いる場合」又は「一定の取引分野における競争を実質的に制限することにより不当に対価を引上げることとなる場合」は、独占禁止法が適用されることになっている。

 農協がよく独占禁止法違反を行うのは、前者の「不公正な取引方法を用いる場合」である。これに対し、減反との関係で問題となるのは、後者の場合である。

 具体的な例を挙げると、協同組合が100円のモノの価格を110円程度に引き上げる場合には、カルテルで独占禁止法違反ではないが、150円にすれば、「不当に対価を引上げる」ことなり、独占禁止法違反となる。

 コメの減反は、減産して価格を高く維持するものである。これは、カルテルとして独禁法の適用除外となるか、大幅に価格を上げるのであれば独禁法の適用除外とならない「不当に対価を引上げることとなる場合」に該当するか、いずれかとなる。コメの需給均衡価格は8千円/60kgであるのに、減反(生産調整)政策によって、その倍近い1万4千円の米価を実現している。農林水産省も農協も、コメの減反を廃止すれば、米価は大幅に低下すると主張している。この主張を裏返すと、減反で米価を大幅に引き上げていることになる。これは「不当に対価を引上げる」場合に該当し、明らかに独占禁止法違反である。

 政府は5年後に生産目標数量(減反目標)の配分を行うことを止め、農協が中心となって減反を行うことを決定した。そうなると、ますます独占禁止法違反であることが明白となる。


今回の政策変更がもたらす、合成の誤謬

 自民党政権末期の2009年から、"水田フル活用"と称し、パン用などの米粉や家畜のエサ用などの非主食用にコメを作付させ、これを減反(転作)と見なして、減反補助金を交付してきた。自民党は、この補助金を10アール当たり8万円から、主食用米の販売収入と同額の10.5万円にまで増額する。補助率100%の補助金である。輸入される小麦やトウモロコシよりも、タダのコメの方が安い。日本の牛や豚は税金の塊のようなエサを食べることになる。

 この補助金の問題は、膨大な財政負担が必要となることだ。今でも、減反面積の7%に過ぎない7万ヘクタールの面積に、544億円の補助金を交付している。農林水産省が需要を見込んでいるエサ用米450万トンを、単収700キログラムで面積換算すると、64万ヘクタールとなる。もし10アール当たり10.5万円を払うと、これだけで7千億円かかる。残りの減反面積を合わせると、減反補助金は8千億円に達する。

 今回の見直しで、補助金が効きすぎて、エサ用のコメの収益の方がよくなれば、主食用のコメの作付けが減少し、主食用の米価はさらに上がる。そうなると、税金投入の増加とあわせて、国民負担はさらに高まる。米価が下がらないので、TPP交渉での関税撤廃などできないし、零細な兼業農家もコメ作を続けるので、主業農家が農地を借り受けて規模を拡大することもできない。今回の見直しが、TPP交渉をやり易くするためだとか、規模拡大に資するためだとかという、マスコミ報道は、完全に間違いだ。そんな政策を、自民党や農協が了承するはずがないではないか。

 日本は、家畜のエサとしてアメリカから1,000万トンのトウモロコシを輸入している。過去の過剰米処理の時には、エサ用にコメを処分したのは、最大で1971年の147万トン、7年間のトータルは511万トンである。過去の過剰米処理は一過性だったし、アメリカからのトウモロコシ輸入が一貫して増加していたときだった。

 しかし、今回はトウモロコシ輸入が安定している中で、毎年大量のエサ米を生産するのだから、アメリカからのトウモロコシ輸入は大きく減少する。また、米粉が増産されれば、アメリカからの小麦の輸入が減少する。米粉・エサ用のコメを増産すれば、アメリカの輸出利益は大きく損なわれる。

 農業についての補助金は、貿易歪曲的なものでも、一定の総額の範囲内であれば、WTO農業協定で訴えられなくてもすんでいた。これを「平和条項」という(農業協定弟13条)。しかし、この平和条項は2003年に失効しているので、農業補助金についても、被害があれば、各国はWTO補助金協定によって訴えることが可能となっている。今回決定された米粉・エサ用の補助金は、補助金協定によって"著しい害"があるとして訴えることができるとされている、価格の5%(同協定第6条)という基準をはるかに超え、100%の補助金を与えようとするものである。

 アメリカがWTOに提訴すれば、アメリカは報復措置("countermeasures")を採ることができる。この場合、日本からの農産物の対米輸出はほとんどないので、アメリカは日本から輸入される自動車に高い関税をかけることも可能である(これをクロス・リタリエイション"cross-retaliation"という)。今回の減反見直しは、単に農業政策の変更にとどまらない深刻な影響を日本経済に与える可能性がある。

 1992年、ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉の最終局面で、EUはそれまでの価格による農家保護から、財政からの直接支払いへ、農政を大きく変更した。(過剰農産物を輸出補助金で処理することによる)財政負担の増加とアメリカとの貿易紛争の激化、(輸出補助金削減が要求された)ウルグァイ・ラウンド交渉への対応が、原因だった。ウルグァイ・ラウンドをTPPと置き換えると、今回の減反見直しがもたらす状況は、EUの農政改革の状況と類似する。

 高米価・減反政策を徹底した行きつく先が、コメ農業の衰退を招いた減反の崩壊を招くかもしれない。一筋の光明である。