メディア掲載  グローバルエコノミー  2014.02.06

農業の多面的機能と直接支払い

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2014年2月4日放送原稿)

1.来年度から、農業の多面的機能に着目した直接支払いが交付されようとしています。まず、農業の多面的機能とはなんでしょうか?

 農業の多面的機能とは、農業が農産物の生産以外に、洪水の防止、水資源の涵養、生態系の維持、美しい景観の提供などの機能を果たしていることをいいます。

 このうち、日本では、水についての働きが重要だと思います。日本人にとって「水」と「安全」はタダだといわれてきました。ほとんどの人が日本は資源の乏しい国だと思っています。日本は石油や鉱物資源を輸入して、鉄、自動車、電気製品などを作っています。しかし、これらの資源が豊富なアラブ諸国やオーストラリアなどでは十分に工業が発展しません。これらの国には水がないからです。部屋を汚すとぞうきんに水を含ませて拭き取ります。工業も同じだといわれます。鉄鋼石をエネルギーによって熱し、鉄の板に加工しますが、その後の処理には水が必要となります。水は工業生産によって生じた廃物、廃熱をふき取る役割を果たしており、水なくして工業は成立しません。すなわち、日本は「水」という重要な資源をもつ「資源大国」だということができます。

 日本の年間平均降水量は1700ミリで世界平均の2倍、世界第3位です。しかし、このままでは雨水は流れてしまうだけで利用はできません。日本は急峻な国土に多量の雨が降ります。治水工事の指導のため来日した明治時代のお雇い外国人が日本の川を見て「これは滝だ」と叫んだという有名な話があります。ゆったりと流れるライン川と比べると、日本の川の特徴がよくわかります。この水を蓄えて供給してくれるのが「森林」と我々が代々3千年も維持してきた「水田」です。雨は山の木と土に蓄えられながら川へ流れ、また雨水や川水から水田に溜まった水もゆっくり下流へ流れる。この作用によって、水は蒸発することなく利用できることとなり、取水量は300ミリで世界平均の6倍、世界第1位となっています。急峻な地形で災害の起こりやすい自然条件となっているにもかかわらず、大きな洪水を起こさないようにしているのも森林と水田の巨大な緑の「ダム」としての働きです。


2.水田主体の日本の農業の特徴は、どのようなものでしょうか?

 畑地には同じ作物を植え続けると、栄養素が減少したり病原菌などが増えて、生産量が減少するという「連作障害」があります。このため、ヨーロッパでは、代わりがわりに別の作物を植えるという「三圃式農業」が行われました。

 これに対して、「水田」は水の働きによって森林から養分を導入すると共に病原菌や不要な物質を洗い流します。つまり、「水に流し」てきたのです。このため、水田には連作障害はありません。毎年米を作り続けることができます。数千年も農業が継続できたのもこのためです。農業生産にとっても水田は重要な生産手段です。


3.直接支払いを行うことについては、どうでしょうか?

 多面的機能があるとしても、その利益がコストを上回る必要があります。外国から農産物を買うよりも国内の農産物価格が高すぎれば、国民や消費者は多大のコストを負担することになるので、いくら多面的機能があるからといって、農業を保護すべきということにはなりません。多面的機能があるというだけで、国民が負担するコストを度外視しても、農業を保護すべきだという主張は誤りです。

 さらに、他の手段よりも農業生産で対応する方が、安上がりでなければなりません。ほかに安いコストでその価値を実現できる方法があるなら、農業生産にこだわるべきではないということになります。洪水防止や水資源の涵養も、農業に多大のコストがかかるのであれば、農産物は国際価格で輸入して、植林などの森林の整備で対応するほうが、国民負担は少なくて済みます。つまり、多面的機能を理由として農業保護を正当化するためには、農業生産にかかる費用、国民の負担が低いことが必要なのです。

 今回、国民が納税者として財政から多面的機能の直接支払いを行うということは、農業にかかる国民負担をさらに増加させることになります。それを避けるためには、農産物価格を下げて、消費者としての国民の負担を軽減する必要があります。これまで多面的機能があることを、国際価格よりも高い農産物価格を維持する根拠としてきました。今後は直接支払いによって多面的機能を維持するのであれば、農産物価格を下げていく必要があります。多面的機能があるからといって、国民が消費者として高い価格、納税者として財政支出という二重の負担を行うことは不適当です。多面的機能の直接支払いを行うことにより、関税で消費者に高い価格を負担させることの根拠が薄れたことになります。

 日本農業の多面的機能は水田という農業の生産要素または生産手段と密接に結びついています。しかし、日本では減反政策が40年以上も継続されています。これは、水田を水田として使わせない政策です。しかも、減反によって、1970年には344万ヘクタールあった水田のうち100万ヘクタールがなくなってしまいました。3千年も守ってきた水田をなくしてしまうというもったいないことをしてしまいました。多面的機能を主張しながら、それを減少させるようなつじつまの合わない政策も見直す必要があります。