メディア掲載  グローバルエコノミー  2014.01.21

TPAとTPPの見通し

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2014年1月21日放送原稿)

1.TPP交渉と関連して、TPAというアメリカの法案が話題になっています。

 TPPとTPAとは似た発音ですが、中身は違います。TPPはトランス・パシフィック・パートナーシップの頭文字をとったものです。日本では、環太平洋経済連携協定と訳されています。アジア・太平洋地域で貿易や投資を促進しようという協定です。現在そのための交渉が行われています。

 TPAとは、トレード・プロモーション・オーソリティ法の頭文字をとったものです。日本では、大統領貿易促進権限法と訳されています。アメリカでは、憲法上、通商交渉の権限が議会に与えられています。議会は政府が交渉した結果でも、自由に修正できます。WTOが出来る前のガットの時代、各国が交渉して合意した結果の一部を、アメリカが認めなかったことがありました。このため、議会の通商権限を行政府、つまり大統領に渡し、アメリカ議会は政府が行った交渉の結果すべてに対して「イエス」か「ノー」だけ言い、一切修正しないという法律を作るようになりました。これがTPAです。

 しかし、TPAはいつも与えられているのではありません。2002年にブッシュ大統領に与えられたTPA法は、2007年に効力を失ったままになっています。TPAを成立させるためには、その都度議会の議決が必要になります。これまで、時間を限ったり、または特定の交渉に限ったりして、TPAを認めてきました。

 アメリカ議会には自由貿易自体に反対する勢力が多数あります。中米諸国との自由貿易協定がわずか2票差でようやく下院の承認を得られたという例があります。また、いったんTPAを与えると議会は口出しができなくなるので、議会はなかなかTPAを認めようとはしません。このため、TPAには、常に多数の反対意見があります。この前のTPA法は、わずか1票差で下院を通過しています。また、TPAを与えるときにも、どのような協定にすべきかなど具体的に条件をつけられます。

 もちろん、論理的には、TPAがなくても政府は交渉して、その結果を議会に提出して、承認を得ることができます。しかし、その場合は、アメリカ政府は議会に修正されるかもしれないというリスクを負うことになります。また、他の交渉国にとっても、修正されるかもしれないと考えると、アメリカ政府と真剣に交渉しなくなります。このため、交渉をまとめる最終段階までには、議会からTPAをもらうようにしようと、アメリカ政府は議会に働きかけます。


2.アメリカ議会での検討状況はいかがでしょうか?

 議会の党派を超えた有力議員によって、今年1月9日、オバマ政権になってからは初めてTPA法案がアメリカ議会に提出されました。TPPだけではなく、EUとの貿易・投資の交渉、WTO交渉も対象になっています。

 このなかで、いろいろアメリカ政府に注文がつけられています。いくつかのものは、手続き的なものです。連邦議会の議員が交渉されている協定案を閲覧出来るようにすべきであるとか、アメリカ通商代表部に議会と相談するようにさせるとか、交渉への議会の関与を高めようとするものです。

 内容的なものとしては、従来からの注文について、これを再確認したり、もっと望ましい交渉結果を求めているものがあります。例えば、投資するときの障害を低くすべきだとか、アメリカと同じような知的財産権を保証するようにすべきだとか、貿易によって、労働や環境の保護の水準が低下しないようにすべきであるとか、というものです。新しい注文としては、国営企業が市場の競争を歪めたりしないよう、規律を導入すべきだというものがあります。これは主として中国を念頭に置いたものです。将来の中国のTPP参加も予定して、国営企業に対する規律をTPP交渉で導入することをアメリカが重視していることが、わかります。

 厄介なものは、貿易を拡大するために、通貨を操作してはならないと各国に義務付けるべきだという注文です。当面、念頭にあるのは日本です。日本が為替を円安に誘導することによって、自動車の輸出を拡大しているというアメリカ自動車業界の反発が根っこにあります。アメリカ政府はこれに反対しています。為替レートは金融政策によって決まります。ドル安になったら、TPPという貿易協議の場で是正すべきだとされれば、金融政策が制約されてしまうからです。アメリカにも、日本に対してと同様の主張が行われるおそれがあります。財務長官は、通貨の問題はTPPなどの貿易の場ではなく、二国間またはG20のような場で議論すべきだと主張しています。


3.TPA法案の議会成立とTPPの見通しはどうでしょうか?

 最も楽観的な見方として、TPA法案は4月には成立するのではないかという見方がありますが、一般的には今年11月に行われるアメリカ中間選挙が終わった後の議会で成立するという見方が議会筋ではなされているようです。

 自由貿易は全体としては国の利益になりますが、どこかの産業に悪影響を与えるので、選挙の前の妥結は、どの国も避けたがります。TPA法案がいつ成立するかでシナリオは大きく変わりますが、アメリカとしては11月の中間選挙の半年前くらい、つまりオバマ大統領がアジアを訪問する今年4月くらいの妥結か、中間選挙の後、2015年の妥結が望ましいと考えているはずです。2015年には、アメリカに大きな選挙はありません。日本で国政選挙が行われるのも翌2016年になる可能性が高いと思われます。今年4月の妥結は、TPA法案だけではなく、交渉の進展具合からしても、難しいと思います。そうなると、2015年の合意という可能性がでてくると思われます。