メディア掲載  外交・安全保障  2014.01.21

歴史的な国家安全保障戦略

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2013年12月26日)に掲載

 先週ついに国家安全保障戦略が閣議決定された。冒頭には同戦略が昭和32年の「国防の基本方針」に代わるものと書いてある。何だ、国防の基本方針は一度も見直されなかったのか。国家安全保障に関する限り、日本は過去56年間思考停止だったようだ。こう考えれば、今回の国家安保戦略がいかに歴史的なものか良く理解できるだろう。

 実務の面でも、新戦略は過去数十年間の空白を埋めつつある。従来日本の防衛政策は実にユニークだった。普通の国であれば、まず国家安全保障戦略があり、その下で国家軍事戦略が作られる。本来防衛計画と兵器調達は軍事戦略の下で決まるものだ。ところが日本では逆。上位概念である軍事戦略がないまま、防衛計画の大綱と中期防衛力整備計画といった計画だけが作られる不思議な国だったのだ。

 新戦略は内容的にも格段に進化している。「国際協調主義に基づく積極的平和主義」なる基本理念の下、防衛大綱で統合機動防衛力を整備し、中期防では今後5年間で防衛費増額を目指す。東アジアで起こりつつある地政学的地殻変動にかんがめば、いずれも必要最小限の防衛力拡充であり、中国を除けば、何ら懸念に及ばないものである。

 それでも日本メディアの評価は大きく割れた。保守系各紙は積極的平和主義、国と郷土を愛する心、グレーゾーン事態への対処などを高く評価したが、一部には安保戦略、防衛大綱、中期防の3点セットを厳しく批判する声もあった。批判はおおむね、軍事偏重反対、近隣国配慮、外交重視の3点に集約される。具体的には次の通りだ。

 ●軍事に偏り過ぎ、節度ある防衛力整備に戻すべし
 ●積極的平和主義は憲法9条や専守防衛からの逸脱

 実に不思議な批判だ。彼らは32ページあるこの国家安保戦略なる文章を本当に全文読んだのだろうか。新戦略の本文は狭義の外交、安全保障及び軍事部分からなっている。だが、その大半は外交・安全保障関連であり、およそ「軍事偏重」とは言い難い。また、「積極的」平和主義は平和主義ではないというが、それでは「消極的」平和主義と「節度ある」防衛力だけで、力による現状変更の試みを抑止できるのか。大いに疑問だ。

 ●軍事偏重は近隣諸国への敵対的メッセージにもなる
 ●ナショナリズムをあおり、軍拡競争を招いている

 近隣といっても詰まるところ、関係国は中国のみだ。韓国の懸念は理解し得るが、米国の同盟国である韓国は日本を攻撃しない。日本の集団的自衛権行使とは韓国を守る米国を守る行為であり、韓国が不利益を被る可能性は限りなくゼロなのである。

 ●戦後の平和国家を踏み外し、国際社会の尊敬を失う
 ●外交力を強化し、周辺諸国との関係を改善すべし

 軍事ではなく、外交的手段で解決すべしとの議論は当然であり、異存はない。問題は相手側が外交的手法を事実上拒否していることだ。何かと批判される「積極的平和主義」だが、これには「国際協調主義に基づく」という前段がある。いかなる「積極的」手法も、全ては「国際協調」という外交的手段を尽くすことが大前提だ。

 関連文書の都合の良い部分だけ取り出して批判する手法は60年、70年安保闘争時代の新左翼のレトリックを連想させる。当時のような不毛な議論はもうやめて、より現実的に東アジアの安全保障を語りたいものだ。

 旧態依然の一部日本メディアに比べれば、外国報道機関が日本の国家安保戦略を見る目ははるかに客観的だった。例えば、英BBCの特派員は「日本の左翼の多くは安倍晋三首相が中国の脅威を利用していると考えている」と結んでいた。海外でも中韓を除けば、米国政府を筆頭に日本の諸決定を歓迎する声が大勢だ。日本は自信を持って新安保戦略を実行すべきである。