メディア掲載  グローバルエコノミー  2014.01.08

減反見直しの愚かさ

週刊農林2014年1月5日号に掲載(週刊農林シリーズ1)

 今回の減反廃止報道には驚いた。政策ではなく、報道に驚いたのである。10月24日、私はワシントンにある全米屈指のシンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)のシンポジウムで登壇し、アベノミクス第三の矢の農業政策が掲げる6次産業化、輸出振興、農地の中間管理機構は全て過去に失敗した政策のリメイクに過ぎず、減反という戦後農政の岩盤中の岩盤を崩さない限り、日本農業に将来はないと主張していた。その翌日、空港で日本の新聞を開くと、減反廃止の見出しが、踊っていた。本当なら安倍政権の大英断だ。私の長年の主張が実ったのかと思った。

 しかし、帰国してから、農業界が平穏なことに気付いた。減反廃止なら米価の大幅引下げである。JA農協や自民党の農林族が騒がないわけがない。マスコミ報道とは逆に、自民党や農林水産省の担当者は、生産調整は大事だとか、米価は下げないとか主張している。

 今回の政策変更を正確に報道しているのは、日本農業新聞だけだ。不勉強な主要紙などの記者達と異なり、JA農協関係者は、今回の政策変更の意味を十分理解している。減反の本質は高米価の維持であり、その廃止は米価の大幅な引き下げである。JA農協の存立基盤を脅かすようなことを自民党がするはずがない。

 今回の政策変更の内容を見ても、2010年から民主党が導入した戸別所得補償を廃止するだけである。自民党は選挙公約を実施しているだけだ。マスコミは生産目標数量の廃止を大げさにとらえているが、現在これと唯一関連している戸別所得補償がなくなれば、これもなくなるだけの話だ。戸別所得補償も生産目標数量もなかった2007年に、マスコミは減反廃止と報道したのだろうか?

 2013年に入ってから、マネーとは無縁の私に、日本の農業や農政について、海外の投資家から面会や講演の依頼が来るようになった。しかし、第三の矢に評価するところがなく、アベノミクスに対する海外投資家の目が覚めつつある。放っておくと、日本売りになりかねない。これを避けるために、今回の政策変更を大きく売り出したいという政権の意向があったのだろう。

 しかし、それに飛びついたマスコミの記者達の不勉強もはなはだしい。我々農政に長年かかわった者にとって、「減反補助金」とは、水田に麦や大豆などのコメ以外の作物を作付する場合に、1970年から出してきた補助金を意味する。しかし、今回マスコミは、2010年から民主党が導入した、コメを作付けた水田に交付される戸別所得補償を「減反補助金」などという名称で呼んでいる。言葉や用語にうるさいはずのNHKさえ、「減反交付金」という造語を作りだした。「減反補助金」である戸別所得補償が廃止されるのだから、減反廃止というわけだ。しかし、戸別所得補償が「減反補助金」なら、1970年から2009年まで減反は補助金なしで実施されてきたのだろうか?

 若手同僚記者の失点を取り繕うとしたのか、箔付けに農業経済学者の発言を引用しながら、今回の「減反廃止」で米価に下落圧力がかかるという解説記事を書いた、大手経済紙の編集委員もいる。震災の影響やJA農協の価格操作によって米価が高騰した最近2カ年を除くと、2001年から10年間で米価は26%低下した。それと同じことが起こると言うのだ。しかし、これまでのように需要の減少で米価が傾向的に下げることと、減反を廃止して供給が増えて、米価が需給均衡価格へドンと下がるということは、同じではない。引用された農業経済学者も迷惑しているのではないだろうか?

 今回の政策変更は、減反の廃止どころか拡充・強化である。1970年から続いている本来の減反面積に対する補助金(減反補助金)は、戸別所得補償を廃止したお金を使って、拡充される。つまり、高米価政策という農政の根幹に、いささかの変更もない。米価が下がらないので、TPP交渉での関税撤廃などできないし、零細な非効率農家もコメ作を続けるので、主業農家が農地を借り受けて規模を拡大することもできない。政府・自民党が、TPP交渉でコメの関税を維持するという主張と減反は廃止しないと言っていることは、整合性が取れている。マスコミが言うように、これが減反の廃止なら、コメの関税の引き下げや撤廃が政府のTPP交渉対処方針になるはずだ。マスコミ報道は支離滅裂である。

 当たり前だが、コメ農家にとって、最も作りやすい作物はコメだ。特に、兼業農家にとって、麦や大豆を作るのは大変だが、コメなら簡単につくれる。前回の自民党政権末期の2009年から、作りにくい麦や大豆に代えて、パン用などの米粉や家畜のエサ用などの非主食用にコメを作付させ、これを減反(転作)と見なして、減反補助金を交付してきた。具体的には、農家が米粉・エサ用の生産をした場合でも、主食用にコメを販売した場合の10アール当たりの収入10.5万円と同じ収入を確保できるよう、8万円を交付してきた。安いエサ米などを作っても高い主食用のコメを作ったと同じ農家手取りが確保できるようにしたのである。

 それでも米粉・エサ用の需要先が少ないので、今回補助金を10アール当たり最大10.5万円にまで増額し、米粉・エサ用の米価をさらに引き下げて需要・生産を増やそうとしている。これは主食用米の販売収入と同額である。もし農家が主食用の収入と同じ収入で満足するなら、農家は米粉・エサ用のコメをタダで販売することができる。補助率100%の補助金である。実需者は輸送経費等だけを負担すれば、米粉・エサ用にコメを入手することができる。輸入される小麦やトウモロコシよりも、コメの方が安くなるのだ。世界的にみても、トウモロコシや小麦などの他の穀物と違い、コメがエサとして使われることはほとんどない。価格が高いからだ。今後日本の牛や豚は税金の塊のようなエサを食べることになる。

 もし農家が米粉・エサ用のコメ販売でわずかでも収入を得れば、主食用よりも米粉・エサ用のコメを作った方が有利となる。現に農林水産省の資料によると、1.1ヘクタールをエサ用のコメに転作すれば、主食用の所得は114.5万円減少、エサ用のコメの所得は178.5万円の増加、ネットで64万円増加することになる。そうであれば、主食用のコメ生産は減少して米価は上がり、消費者家計への打撃は大きくなる。これは"戦後農政の大転換"どころか、自民党への大政奉還による、食管制度時代の高米価政策への"農政復古"である。

 減反政策の下で収量増加の品種改良がタブーだった国や都道府県の試験研究機関が、精一杯エサ用の多収米を作っても、収量はせいぜい10アールあたり700~800キログラムくらいだ。しかし、民間企業は主食用でそのくらいの収量のコメを開発している。このコメで1トンの単収を実現している農家もある。単収680キログラムで、主食用に販売した収入と同じ10.5万円の減反補助金をもらえるなら、エサ米を作った方が有利だ。主食用米価の低下を恐れるJA農協は、この品種を採用しようとしなかった。しかし、エサ用として作るなら米価は下がらないので、JA農協も採用するだろう。

 兼業農家がエサ米を作れば、かれらが農地を手放して主業農家に農地が集積するという、"中間管理機構"の前提条件が崩れる。農林水産大臣も経験した渡辺美智雄氏は、米価を上げて減反をするという政策矛盾を、かつて「クーラーと暖房を一遍にかけるようなものだ」と形容した。今回の減反見直しと中間管理機構も同じだ。農政はクーラーと暖房がお好きなようだ。

 さらに、財政負担の増加も問題だ。現在米粉・エサ用のコメ作付面積は6.8万ヘクタールで、減反面積100万ヘクタールの1割にも満たないが、10アール当たり8万円と補助単価が大きいので、トータル2,500億円の減反補助金のうち544億円がこれだけに支払われている。

 農林水産省はエサ用に最大450万トンの需要があるとしている。単収700キログラムなら、面積で64万ヘクタールだ。もし10アール当たり10.5万円を払うと、これだけで7,000億円かかる。残りの減反面積を合わせると、減反補助金は8,000億円に達する。減反補助金については、5,500億円もの税金投入の増加となる。

 これまで減反補助金と戸別所得補償を合わせて5千億円ほどの税金を使って米価を上げ、消費者に6千億円もの負担を強いてきた。コメ産業は1.8兆円にすぎないのに、トータル1.1兆円の国民負担だ。今回の見直しで、補助金が効きすぎて、エサ用のコメの収益の方がよくなれば、主食用のコメの作付けが減少し、主食用の米価がさらに上がってしまう。そうなると、税金投入の増加とあわせて、国民負担はさらに高まる。消費税を上げるときには、貧しい人の食料品価格が上がるという逆進性の問題が指摘され、食料品の税率を低くするという軽減税率が検討されているのに、国民の主食であるコメの価格については、取り上げる政治家の人がほとんどいないのは奇妙な話だ。