メディア掲載  グローバルエコノミー  2013.12.27

アメリカが黙っていない減反見直し―自動車に報復関税がかけられる可能性も―

WEBRONZA に掲載(2013年11月26日付)

 自民党政府が決定した減反見直しには驚いた。

 1970年から実施されてきた減反政策の基本は、農家が水田でコメを作らないで他の作物を植えるという転作=コメ生産の側から見るとコメの生産が減少するので減反、をすれば、減反面積に対していくらという補助金を交付することで、コメの生産、供給を減らし、コメの価格を高くして、農家の所得を維持するというものだ。これに加えて、2010年から民主党は、国が配分したこれ以上コメを作らないという生産目標数量を守った農家に対して、コメを作付した面積に対していくらという補助金、戸別所得補償を支払うことにした。

 今回の見直しは、後者の部分の、コメの生産目標数量の配分とコメ作付面積に対する戸別所得補償を廃止するというものだ。そのかわり、1970年から続いている本来の減反面積に対する補助金(減反補助金)は、戸別所得補償を廃止したお金を使って、さらに拡充される。つまり、高米価政策という農政の根本に、いささかの変更もない。米価が下がらないので、TPP交渉での関税撤廃などできないし、零細な非効率農家もコメ作を続けるので、主業農家が農地を借り受けて規模を拡大することもできない。

 驚いたのは、減反補助金の拡充だ。

 当たり前だが、コメ農家にとって、最も作りやすい作物はコメである。前回の自民党政権末期の2009年から、作りにくい麦や大豆に代えて、パン用などの米粉や家畜のエサ用などの非主食用にコメを作付させ、これを減反(転作)と見なして、減反補助金を交付してきた。具体的には、農家が米粉・エサ用の生産をした場合でも、主食用にコメを販売した場合の10アール当たりの収入10.5万円と同じ収入を確保できるよう、8万円を交付してきた。安いエサ米などを作っても高い主食用のコメを作ったと同じ農家手取りが確保できるようにしたのである。

 それでも米粉・エサ用の需要先が少ないので、今回補助金を10アール当たりの最大10.5万円にまで増額して、米粉・エサ用の米価をさらに引き下げて需要・生産を増やそうとしている。これは主食用の収入と同額である。もし農家が主食用の収入と同じ収入で満足するなら、農家は米粉・エサ用のコメをタダで販売することができる。実需者は輸送経費等だけを負担すれば、米粉・エサ用にコメを入手することができる。輸入される小麦やトウモロコシよりも、コメの方が安くなるのだ。

 仮に農家が米粉・エサ用のコメ販売でわずかでも収入を得れば、主食用よりも米粉・エサ用のコメを作った方が有利となる。現に農水省の資料によると、1.1ヘクタールをエサ用のコメに転作すれば、主食用の所得は114.5万円減少、エサ用のコメの所得は178.5万円の増加、ネットで64万円増加することになる。そうであれば、主食用のコメ生産は減少して米価は上がり、消費者家計への打撃は大きくなる。これは"戦後農政の大転換"どころか、自民党への大政奉還による、食管制度時代の高米価政策への"農政大復古"である。提灯記事を書いたマスコミの諸氏は反省すべきだろう。

 話は、それだけでは終わらない。アメリカ人なら"You ain't heard nothin' yet."と言いたいところだ。

 農水省はエサ用のコメに最大450万トンの需要があるという。日本は、家畜のエサとして1,100万トンのトウモロコシを輸入しているが、そのうち異常な年を除いて、アメリカからの輸入は1,000万トン近くある。過去の過剰米処理の時には、エサ用にコメを処分したのは、最大で1971年の147万トン、7年間のトータルは511万トンである。過去の過剰米処理は一過性だったし、アメリカからのトウモロコシ輸入が一貫して増加していたときだった。

 しかし、今回はトウモロコシ輸入が安定、落ち着いている中で、毎年大量のエサ米を生産するのだから、アメリカからのトウモロコシ輸入は大きく減少する。また、アメリカから日本全体の小麦輸入の6割に相当する360万トンの小麦を輸入している。米粉が増産されれば、小麦の輸入が減少する。米粉・エサ用のコメを増産すれば、アメリカの輸出利益は大きく損なわれるのだ。

 農業についての補助金は、貿易歪曲的なものでも、一定の総額の範囲内であれば、WTO農業協定で訴えられなくてもすんでいた。これを「平和条項」という(農業協定弟13条)。しかし、この平和条項は2003年に失効しているので、農業補助金についても、各国はWTO補助金協定によって訴えることが可能となっている。今回決定された米粉・エサ用の補助金は、補助金協定によって"著しい害"があるとして訴えることができるとされている、価格の5%(同協定第6条)をはるかに超え、100近い補助金を与えようとするものである。

 アメリカがWTOに提訴すれば、アメリカは報復措置("countermeasures")を採ることができる。この場合、日本からの農産物の対米輸出はほとんどないので、アメリカは日本から輸入される自動車に高い関税をかけることも可能である。(これをクロス・リタリエイション"cross-retaliation"という)。今回の減反見直しは、単に農業政策の変更にとどまらない深刻な影響を日本経済に与える可能性がある。