コラム  外交・安全保障  2013.12.06

中国による「東海防空識別区」の設置とソフトパワー外交

 中国による「東海防空識別区」の設置は世界中から総スカンを食っている。日本の6大新聞は主義主張を異にしているが、本件に関しては極めて例外的に、報道ぶりも論評もほぼ同じで、口をそろえて中国を非難している。また、中国に撤回を求める日本政府の対応は全国民によって強く支持されているようである。

 中国はなぜこのような挙に出たのか。もちろん尖閣諸島についての主張を実現するためであろうが、それだけでは今回の措置の説明として不十分である。中国としても、目標達成のためにどのような手段を取ってもよいのでないこと、また今回の措置が中国に対する反発を招き、ひいては中国のイメージが悪くなることは当然予想できたはずであり、そのような危険をものともせず今回の措置を取ったのはなぜかが問題である。

 中国が世界の世論に敏感に反応したことが今回の措置とほぼ相前後して起こっていた。台風で大きな被害を受けたフィリピンに対する援助である。当初、中国政府は中国赤十字会(紅十字会)とともにそれぞれ10万ドルの支援を発表したところ、それは世界第2の経済大国としてあまりに少なすぎると各国のメディアから批判された。日本は11月15日までに計3千万ドル、米国は緊急援助として2千万ドルである。どの国でも公的援助は2回以上行なわれることがあり、また、国際機関を通じての拠出もあるので正確に細かい数字まで比較することは困難であるが、諸外国のメディアが中国の拠出はあまりに少ないと見たことに間違いはない。そこで中国政府は150万ドルの追加支援を行なった。これで中国に対するイメージが損なわれないで済んだか、疑問の余地もあるが、中国が考えを変えたのは事実であり、世界の世論がそれを後押ししたと見てよいのではないか。

 一方、中国が今回の防空識別圏設置にあたってイメージ悪化の危険を顧みなかったのはいかなる理由によるか。一つの説明は、フィリピンに対する支援で問われ、批判されたのは経済問題であったので方針を比較的容易に変更できたが、防空識別圏は国防という主権にかかわる問題であり、主権国家としてはそのイメージを気にする余地がなかったということである。しかし、それは正しい説明と思えない。主権を理由に行動を正当化することは一般的によく行なわれることであるが、中国は国防にかかわる問題でもイメージに気を使っている。核兵器を最初に使用しない方針であるという説明などは、各国から宣伝に過ぎないと見られがちであるが、平和を愛好する国家であるという印象を植え付けようとしているのは明らかである。

 もう一つの説明は、尖閣諸島問題に関する外交部中心のこれまでの対応はあまりに弱腰だと考えた軍が今回の措置を取ることを強硬に主張し、外交部の意見を押し切って中国政府としての決定にしたのではないかということである。海外を本拠地としながら中国にも台湾にも通じている多維新聞はそのようなことを指摘している。

 このような説明を補強すると思われる事実が二、三ある。その一つは、中国軍が最近、無人機を尖閣諸島付近の海域に飛行させたのに対し、日本政府は「侵入すれば撃墜も辞さない」と言ったと中国内で伝えられ、中国軍はかなり刺激されていた。これは誤報であり、菅官房長官が記者会見で述べたことは、「わが国の領土、領海、領空を守る観点から厳正な警戒態勢を敷いていきたい」という当然のことであったが、中国では正確に伝えられなかった。そのような報道は中国の問題であり、日本の責任ではないが、ともかく中国軍が不快視していた可能性がある。

 もう一つは、中国政府による対日関係改善の動きを軍が歓迎していなかった可能性である。習近平主席は10月24~25日の重要会議、「周辺外交工作座談会」において、経済面での対日関係改善の必要性を述べたと伝えられた。中国はこのことを公表していないが、11月15日付の時事通信電は出席者に確認を求め、その結果事実であったという心証を得たと報道している。おりしもこの頃、尖閣諸島海域に侵入してくる中国の船舶は減少していたそうであり、習近平主席の発言が事実であった可能性は高い。また、中国政府が一時期厳しく規制していた政府高官の日本側との接触、交流を最近緩和していたことは周知であろう。

 「東海防空識別区」の設置は、以上のように習近平主席と中国軍の関係を考えさせるケースであるが、それだけでなく、国家のイメージが外交に影響するというソフトパワーの観点からも注目される。

 防空識別圏の設置に関しては、今のところ中国はイメージなど顧みないという印象が強いが、これで一件落着したわけではなく、断定するのは早すぎる。もちろんメンツを失ってまで変身することはありえないが、中国ではここ数日前から、標的は日本に絞るべきだという趣旨のことが言われている。米国などには悪く思われたくないという考慮が出てきつつあるようである。