メディア掲載  グローバルエコノミー  2013.11.11

TPPと農業

民間外交推進協会11月1日号に掲載

 自民党や国会の委員会は、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖などを関税撤廃の例外とし、これが確保できない場合は、TPP交渉から脱退も辞さないと決議している。しかし、こんなに多くの品目を例外要求している国はない。最終的に、日本政府は、せめてコメだけでもと交渉するのだろう。

 これには、日本の農業は規模が小さいので、米国や豪州の農業とは競争できないという前提がある。農家一戸当たりの農地面積は、日本を1とすると、EU6、米国75、豪州1309である。規模が大きい方がコストは低い。しかし、規模だけが重要なのではない。世界最大の農産物輸出国米国も豪州の17分の1に過ぎない。土地の肥沃度が異なると、作物も単位面積あたりの収量(単収)も違う。土地が痩せている豪州では主に草地で牛を放牧しているのに対し、米国はトウモロコシ生産が主体である。

 また、自動車と同じく、農産物でも品質格差は大きい。香港では、同じコシヒカリでも日本産の価格はカリフォルニア産の1.6倍、中国産の2.5倍となっている。800万トンある日本産に、品質面で対抗できるのは、世界貿易量3千万トンの1%、30万トンに過ぎないといわれる。

 しかも、米国等と競争できないという議論には、関税が撤廃され、政府が何も対策を講じないという前提がある。EUは米国の10分の1、豪州の200分の1の規模ながら、高い生産性と政府からの直接支払いで穀物を輸出している。 イギリスの小麦単収は豪州の5倍である。

 関税がなくなり価格が下がっても、財政で補填すれば、農家は影響を受けない。内外価格差が大きいので膨大な財政負担が必要になるという主張があるが、これは今膨大な消費者負担を強いていると白状していることに他ならない。実際には、日本米と中国産やカリフォルニア産との価格差は、30%程度へ縮小している。直接支払いの額も少なくて済む。

 生産を減少させて米価を高める減反政策が、コメの競争力を奪ってきた。単位数量あたりのコストは、面積あたりのコストを面積あたりの収量(単収)で割ったものだから、単収が上がれば、コストは下がる。しかし、生産を抑制する減反導入後、単収向上のための品種改良は行われなくなった。今では日本の平均単収はカリフォルニアより4割も少ない。その上、米価が高いので、コストの高い零細農家も、農業を続けた。零細農家が農地を出してこないので、主業農家に農地は集積せず、規模拡大は進まなかった。

 減反を廃止して米価を下げれば零細な兼業農家は農地を貸し出す。主業農家に限って直接支払いを交付すれば、その地代負担能力が上がって、農地は主業農家に集まる。15へクタール以上の農家の米生産費は60キログラムあたり6,378円である。減反の廃止で、カリフォルニア米並みに単収が増えれば、そのコストは1.4分の1、4,556円に減少する。全国平均9,478円に比べ、半分以下の水準である。

 高い関税で外国産農産物から国内市場を守っても、それは高齢化と人口減少で縮小する。農業を維持、振興しようとすると、輸出市場を開拓せざるを得ない。しかし、農業がいくらコスト削減に努力しても、輸出相手国の関税が高ければ輸出できない。貿易相手国の関税を撤廃するTPPなどの貿易自由化交渉に積極的に対応しなければ、日本農業は安楽死するしかない。

 減反廃止で国内米価が8,000円に低下し、農村部の労働コストの上昇や人民元の切り上げによって中国産米の価格が1万3,000円に上昇すると、輸出が行われることで国内価格は上昇する。生産は拡大し、コメ農業所得を倍以上に拡大できる。

 現在の価格でも、コメを輸出している生産者がいる。世界に冠たる品質のコメが、生産性向上と直接支払いで価格競争力を持つようになると、鬼に金棒である。