メディア掲載  グローバルエコノミー  2013.10.30

減反見直しの行方

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2013年10月29日放送原稿)

1.アメリカで会議に出席されたようですが?

 24日にワシントンにある著名なシンクタンク、戦略国際問題研究所、通称CSISの会議に招かれて、安倍政権の経済政策、通称アベノミクスについて議論しました。この会議は、内閣府参与による基調講演の後、二つのセッションで進められました。セッションに参加し、討論したのは、日本からは、私と同じキヤノングローバル戦略研究所の特別顧問で、もと日銀理事の堀井さん、在米日本大使館の公使、それに私の三人、アメリカからは7人の専門家でした。最初のセッションは、アベノミクスの第一、第二の矢である、金融、財政政策について、次のセッションは、第三の矢である、成長戦略について議論しました。私は、成長戦略についてのセッションに参加し、アベノミクスの農政改革について議論しました。このセッションでは、私の他に、日本経済を分析しているアメリカの専門家と、日本でビジネスを行っているアメリカ企業の人が、労働や企業、投資環境などの問題について、議論しました。

 全体の議論としては、アベノミクスは金融、財政政策については評価できるが、成長戦略については、それほど評価できないというものではなかったか、と思います。日本の政策が、労働の流動性や企業の参入退出を妨げていることに対して、アベノミクスは十分に対応していないという指摘も、ありました。


2.山下さんは農業問題についてどのような議論を行いましたか?

 まず、成長戦略全般について、所得の再分配に力点を置きすぎた感じがある前政権に比べ、経済全体を大きく底上げしようとする経済成長に重点を置いていることは評価できると述べました。

 農業改革ですが、10年間で農業所得を倍増する計画を立てていること、所得とは価格に販売量をかけた売上高からコストを引いたものですが、農家の加工や流通、農業ツーリズムなどを推進することで農業の付加価値、つまり価格を上げ、輸出を倍増することで販売量を上げ、農地の貸し借りを促進することで農業の担い手に農地を集め規模を拡大してコストを下げようとしていることを紹介しました。しかし、残念なことは、これらの政策は全て過去に成果を挙げられなかった政策のリメイク、リバイバルだということです。

 高齢化・人口減少時代を迎え、国内の市場が小さくなる中で、農業を維持・発展していこうとすると、海外市場を開拓する輸出は重要です。しかし、価格競争力がなければ輸出できません。日本のコメはそのおいしさで世界に評価されており、今では輸出を行い始めた農家も出てきています。しかし、価格を下げなければ輸出は増えないのに、生産を減少させて価格を高くする減反政策を40年も続けています。農地の貸し借りによる規模拡大が進まなかったのも、減反で米価を高くしているために、零細な農家が農業を続けてしまい、担い手が農地を借りられなかったからです。

 減反政策は、納税者の負担によって5千億円もの補助金を農家に与えて減反に参加させたうえで、米価を高めて5千億円も消費者に負担させているという、国民経済的には負担の大きい無駄な政策で、アメリカで政府の無駄使いを厳しく追及している保守派、ティーパーティーの人たちに日本の国会で減反廃止の演説をしてもらいたいくらいである、減反政策こそ戦後の農政の中心となった岩盤中の岩盤であって、日本農業の未来はこれを廃止できるかどうかにかかっていると述べました。


3.聴衆からはどのような反応がありましたか?

 司会者や聴衆から、TPPとも関連して、コメ、麦、砂糖、牛肉・豚肉、乳製品の農産物5項目を関税撤廃の例外にしようという政治圧力が強いがこれらの関税を撤廃できるのか、十分な改革ができるのかという指摘、逆に、3年間は選挙がないので、安倍政権は思い切った政策を展開できるのではないかという指摘がありました。

 これについては、討論者の中からは、農産物5項目のうち加工品などを例外から除いて、関税撤廃品目の割合、つまり自由化率を上げようとする調整が行われており、安倍政権のリーダーシップによってこの調整は成功するのではないか、そもそも農業は高齢化が進んでいるので改革は不可避であるといった楽観的な見方が出されました。

 しかし、私は、日本政府の対応について、関税交渉は自由化率で決まるものではない、日本政府は95%以上の自由化率を達成しようとしているが、かりに自由化率が98%だったとしても乳製品の関税が撤廃されなければニュージーランドは満足しない、逆に80%の自由化率でも乳製品の関税が撤廃されればニュージーランドは文句は言わない、アメリカ、オーストラリア、カナダなどの農産物輸出国は加工品ではなく、コメ、麦、砂糖、牛肉・豚肉、などの農産物自体の輸出を増やしたい、そのためには関税撤廃を要求するはずだ、と指摘しました。さらに、政治についても、確かに3年間は大きな選挙はないものの、政治家の人にとっては3年後の選挙以降も政治家を続けられるかどうかが重要である、自民党の国会議員の多数が、TPPに反対、または農産物5項目の関税が維持できなければ交渉から脱退も辞さないと農業団体に約束して、当選していることを無視できないのではないか、減反をなくせばコメの関税はなくてもよいが、郵政についての小泉元首相のような決意がなければ、減反は廃止できないのではないか、と述べました。

 しかし、翌日空港で、減反政策の見直しという新聞記事を読みました。見直しであって廃止ではないようですが、ようやく岩盤にメスが入れられるかもしれません。今後の議論の展開に注目したいと思います。