メディア掲載 財政・社会保障制度 2013.10.25
異次元緩和はデフレ「期待」を打ち破り、インフレ「期待」を作り出すことでインフレを実現するのが狙いとされる。ただ、ゼロ金利で利子を動かせないのにどうやって「期待」を操作できるのかは理論的に明らかではない。マクロ経済学で、期待形成はどこまで分かっているのだろう。
支配的枠組みである合理的期待仮説は、ミクロの家計や企業の合理的な情報処理と意思決定を仮定し、マクロ経済への影響を理論化している。ただ、合理的期待の本質は経済における期待が「自己言及性」を持つという点にあり、企業や家計の合理的な意思決定は必ずしも本質的ではない。自己言及性とは、期待が巡り巡って自分自身(期待)を決める性質のことである。
米シカゴ大学のロバート・ルーカス教授の1976年の論文、いわゆる「ルーカス批判」は、期待(または経済法則)が自己言及性を持つことを指摘した。例えば「インフレは家計に『賃金が増えて豊かになった』と錯覚を起こさせ、消費を増やす」という期待(法則)があったとする。政府が景気をよくしようとインフレを起こすと、国民はこの法則を理解しているうえ、「国民に錯覚を起こさせたい」という政府の意図を読んで、物価高に備え消費を減らす。すると「インフレになっても消費は増えない」という別の法則が生まれる。
このルーカス批判が示す期待の自己言及性とは、「経済システムの中にいる国民と政府が、経済システムの法則(期待)を知っており、それに基づいて行動すると、結果的に法則が変わり得る」という事実である。経済法則は、図のような期待形成のループによって生成される。このためマクロ経済政策は効果を失う、とルーカスは述べた。このループは永久に続くので、一般的には経済法則はいつまでたっても定まらない。
だが、ある条件のもとでは、期待形成ループを通り抜けても期待が変わらない場合がある。このように期待が不動点になるための十分条件の1つが「家計や企業が合理的に情報処理する」というミクロの合理性なのである。
「期待形成の不動点」は安定しており、経済学者が分析することは容易である。逆にそれ以外の期待は不安定で、意味のある分析ができない。そこで現代のマクロ経済学者は、この不動点を「合理的期待」と名付け、実際の経済で形成される期待だと仮定して理論を作ってきたわけである。家計や企業が完全に合理的であるという強すぎる仮定も置いたのも、これを正当化するためだった。・・・