メディア掲載  グローバルエコノミー  2013.10.22

黒い米の真実

WEBRONZA に掲載(2013年10月8日付)

 重大なコメ偽装事件が発覚した。三重県のコメ卸会社の三瀧商事は、中国産米などの外国産米や玄米茶用などの加工用米を「愛知県産あいちのかおり」などとして、国産の主食用として販売していた。

 このコメはイオンの弁当などとして流通した。10年10月から今年9月まで最大で4,386トン、うち791トンが外国産米だったと言われている。国民一人当たりのコメの年間消費量は60キログラム程度なので、この数字は73,000人が年間食べる量と同じである。

 これによって三瀧商事が得た不正な利益は、外国産米で5,500万円、加工用米で6,900万円、少なくとも合計12,000万円に上るとされている。外国産米に報道の焦点が当てられているようだが、加工用米の転売の方が比重が高い。

 似たような事件を記憶していないだろうか?2008年に起きた汚染米事件である。海外から輸入した米にカビが生じた。農林水産省は、このコメを糊用に処分しようとした。安くこのコメを政府から買い入れた業者が、主食用などに高く転売して、利益を得た。汚染米8,368トンのほとんどが横流しされた。

 この事件が発覚した後、農林水産省の事務次官は、「責任は一義的には食用に回した企業にある。私どもに責任があると考えているわけではない」と述べ、世間の非難を浴びた。根源的な責任は、横流しすると利益が出る仕組みを作っている農林水産省にあるからだ。

 工業用の糊に売却するとトンあたり1万円程度だが、焼酎、あられ、せんべいなどの加工用途だと15万円、食用なら25万円で売却できる。横流しすると濡れ手で粟の儲けになる。清廉潔白な農林水産省の事務次官ならともかく、業者に横流しするなと言う方が無理だ。同事務次官は非難の大きさにあわてて陳謝し、発言を撤回したが、事件発覚後わずか2週間で更迭された。

 これらの事件の本質にあるものは、減反政策により主食用の価格を意図的に高く維持しているために、同じ品質の米に用途別に多くの価格がつけられているという「一物多価」の状況が発生していることである。

 他の国では、このようなことは起きない。主食用の高級米と飼料用のコメで価格が違うことはありうるが、それは品質が違うからで、同じ品質のコメに複数の価格がつくことはありえない。正常な商品であれば、価格は一つ、「一物一価」である。つまり、政策によってコメ市場が歪められている結果、これに乗じた不正が発生するのである。したがって、不正をなくすためには、市場の歪みを生じている政策、減反政策を取り除くべきなのである。

 しかし、汚染米事件発覚後、農林水産省は、食糧管理制度が廃止され、コメの流通規制がなくなったから、コメの不正流通をチェックできなくなったことが問題であるとして、コメのトレーサビリティ法を作ってしまった。

 トレーサビリティとは、どの生産者が作った農産物がどの流通業者や加工業者の手を経てどこで売られているかという食品の履歴や所在についての情報を、トレース、追跡するために、取引の記録を残しておこうというものである。これまで、BSE問題に関連して牛肉のトレーサビリティ法が作られた。農林水産省は汚染米事件を奇禍として、権限拡大を図ったのである。

 しかも、今回の偽装事件の予防どころか、発見についても、トレーサビリティ法が役に立ったかどうかというと、そうではなさそうである。農林水産省の文書では、「疑義情報に基づき、立入検査等を行いました」としている。どこかからの通報があったのだろう。

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 上の図は、現在のコメの用途別価格である。主食用より安い価格は、普通の経済であれば成立しないはずである。主食用に向ければ高く売れるのに、農家がわざわざ低い価格のコメを生産・販売するはずがないからである。

 カラクリは簡単である。このような低価格を実現できるよう、政府が補助金を農家に交付しているからである。しかも、これは減反補助金の一種である。加工用、米粉用、飼料用のコメ生産を減反(転作)と見なして、主食用とこれらの用途価格の差を補てんするための補助金を交付しているのである。

 減反によって、本来8,000円で流通する主食用のコメの値段を15,000円にしたうえで、その主食用15,000円と9,000円の加工用米、3,000円、1,500円の米粉・飼料用の価格との差を補助金で補てんしている。つまり、補助金を使って米価を上げたうえで、また補助金を使って米価を下げるというとんでもない政策を実行しているのである。いわゆるマッチポンプである。このような政策が続けられる限り、コメの偽装は跡を絶たない。