10月3日、米国からジョン・ケリー国務長官とチャック・ヘーゲル国防長官が、日本からは岸田文雄外務大臣と小野寺五典防衛大臣が出席して日米安全保障協議委員会(通称「2プラス2」)が東京で開催された。会合後には共同声明「より力強い同盟とより大きな責任の共有に向けて」が発表され、そのために必要な取り組みに関する合意についても発表された。日本国内では、この会合は、東京で開催された初の2プラス2として注目を集め、共同声明の内容についても特に日米防衛協力の指針見直しを開始することで日米両国が合意したことなどが大きく報じられている。
しかし、残念ながら、日本では大々的に報じられているこの会合も共同発表の内容も、ここワシントンでは一部のアジア政策専門家を除いては全く注目されていない。9月25~26日にかけて安倍総理がニューヨーク訪問中に行った国連総会での演説をはじめとする政策演説も、殆ど話題になっていない。もっと言えば、オバマ大統領の国連演説に対してですら、ほぼ無関心という状態なのだ。
◆外に目を向ける余裕がない米国
理由は簡単だ。今のアメリカは、対外政策に関心を向ける時間も、心の余裕もないのである。
米国では議会共和党とホワイトハウスの間で2014年度予算案をめぐる合意に達することができず、10月1日以降、連邦政府閉鎖という事態に陥ってしまっている。ことの発端は、共和党下院議員、特にティー・パーティ運動の支持者を支持基盤に持つ強硬派が、既に法律が施行されている国民皆保険制度を無効にするような歳出削減を、2014年度予算法案を可決するための条件にしたことだった。彼らの主張は長期的には共和党にマイナスになると、穏健な共和党下院議員の多くは考えているのだが、来年中間選挙を控える彼らは、強硬派をあからさまに批判すると予備選挙で強硬派の支持を受けた対立候補を立てられ、敗退する可能性が出てくるため、これを抑えることができない。これに対し民主党議員が「共和党の一部の無政府主義者の主張に妥協する必要はない」と猛反発、予算審議が膠着したまま今に至っている。
予算をめぐる合意に至らなかったことが原因で連邦政府が閉鎖されるという状況になったのは、1995年11月~1996年1月にかけて、クリントン政権期に同様の事態が発生して以来、約10年ぶりだ。しかも、今回は、2014年度予算案に加え、10月17日には米国が借り入れることができる債務の上限額を引き上げなければ国家財政が破綻してしまうという事態が控えており、クリントン政権時に連邦政府が閉鎖したときよりも事態ははるかに深刻だ。
連邦政府閉鎖から1週間。ワシントンでは事態打開に向けたシナリオはまだ描けていない。それどころか、オバマ大統領は、特に米国の債務限度額引き上げについては「議会共和党との交渉はしない」と言い切り、何の手も打っていないように見える。連邦政府閉鎖の前日の9月30日に公表されたワシントン・ポスト紙とABCニュースによる共同世論調査では、政府予算をめぐるこれまでの動きの中でのオバマ大統領の対応を「評価しない」とする人が全体の50%で、「評価する」の41%を上回ったが、これは、オバマ大統領にもっと指導力を発揮してほしいと考える層が潜在的に大きいことのあらわれといえる。
国内でこのような米国の国家経済の根底を揺るがしかねない事態が起こっていることを踏まえ、オバマ大統領は10月の6~12日に予定していた東南アジア歴訪を中止せざるを得なくなった。本来であれば、オバマ大統領はバリ島でのAPEC首脳会議とブルネイでの東アジアサミットに出席した後、マレーシアとフィリピンを歴訪する予定だった。マレーシアとフィリピンへの訪問は10月2日に取り消しつつ、APEC首脳会議と東アジアサミット出席には最後までこだわったのだが、こちらも結局10月3日に出席を断念した。
◆オバマ大統領、急速な求心力の低下への懸念
米国大統領が国内事情への対応を優先させて外遊を取りやめること自体はこれが初めてではない。アジアとの関係で言えば、クリントン大統領も、前述の1995年11月から翌年1月にかけての連邦政府閉鎖との関係で、当時、出席を予定していた大阪でのAPEC首脳会議出席を中止している。
しかし、問題は、現在の膠着状態が打開できる見込みが非常に低いこと、また、今回の事態を切り抜けることができても、オバマ大統領にとって、議会では、上院は民主党多数、下院は共和党多数の「ねじれ」が続く現状は当面、変わらない現実である。つまり、何とか今回の緊張状態を脱することができたとしても、国内で意見が分かれる問題について議会と合意に達することが極めて困難な状態がオバマ政権にとって続くということだ。
しかも、来年の中間選挙で民主党が下院で過半数を占めることができなければ(現在の米国では、民主、共和にかかわらず『アンチ現職』の空気が支配的で、これが中間選挙にいかなる作用を及ぼすのかが全く読めない)「ねじれ」議会がオバマ大統領の残りの任期の期間、ずっと続くことになる。要は、オバマ政権が早ければ来年秋にもレイム・ダック(死に体)化してしまう可能性があるのだ。
◆日本にとっても他人事ではない
米政府が国内の「ねじれ」に足を取られて動けないという今の状況が万が一、オバマ政権末期まで続くとすれば、それは米国の外交に大きなダメージとなる。中東では、シリア情勢をめぐる多国間外交の主導権は完全にロシアが握ることになり、この地域における米国の影響力は急速に低下するだろう。関係改善に向けた第一歩が踏み出されるかと思われたイランとの関係も、イランの指導層に足元を見られ、振り出しに戻ってしまうかもしれない。欧州ではEUとの間で交渉を進めようとしている自由貿易・投資協定(FTA)も現在の目標である2014年末までの交渉妥結は覚束なくなるだろう。
アジア太平洋地域への影響も甚大だ。たとえば環太平洋パートナーシップ(TPP)。米国がこの交渉妥結に向け多国間交渉の場で行う譲歩が、合意を履行するために必要な国内法を整備する上での議会との折衝で認められるかどうか甚だ心もとなくなってしまう状態では、交渉に参加している他国が、国内からの反発がある案件について交渉妥結に向けた譲歩をする空気は生まれにくくなるだろう。しかし、TPPは、オバマ政権の「アジア太平洋重視」戦略の経済面での要となる政策であり、これがうまくまとめられなければ「アジア太平洋重視」戦略が完全に腰砕けになる。
すでに軍事面では、国防費削減、予算強制削減措置に伴う米軍の域内での活動の縮小にともない、国防省の「アジア太平洋へのリバランス」戦略が持続可能なものなのかどうかについて、地域の同盟国の中で懸念が出ている。これまで米国は、そのような懸念に対して「『アジア太平洋重視』戦略は軍事面が全てではない。経済面も含めた総合的な戦略だ」と説明することで、この地域の同盟国の懸念を和らげようとしてきた。これでTPPまでまとめられなくなってしまうとすれば、それはオバマ政権の「アジア太平洋重視」政策が重大な壁に突き当たることを意味する。
10月17日の期限までに米議会とホワイトハウスの間で債務限度額引き上げについて合意が形成されない場合、アジア太平洋にとどまらず世界経済全体が大打撃を受けるリスクがあることは言うまでもない。つまり、第二次世界大戦後70年近くにわたって築かれてきた「軍事・経済大国アメリカ」を中心とした国際秩序そのものへの信頼感が大きく損なわれるリスクを、現在の米国の国内情勢は内包しているのである。
日本にとってもこれは他人事ではない。それどころか、米国で今のような「決められない政治」が続けば、安倍政権発足後、アベノミクスの第一(金融緩和)、第二(財政出動)の矢により、ようやく楽観的ムードが漂い始めた日本経済の回復が振出し戻るどころか、マイナスに後退してしまう危険性もある。2プラス2で日米同盟のさらなる深化が合意されたからといって、満足している場合ではないのだ。