メディア掲載  外交・安全保障  2013.09.10

シリア政策漂流 オバマ外交、終わりの始まり

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2013年9月5日)に掲載

 米国の対中東外交が漂流し始めた。オバマ大統領はシリア政府軍による化学兵器使用を確信し、限定的軍事介入を決断しながら、なぜか対シリア攻撃につき米議会に承認を求めた。米国外交をフォローし始めてはや35年以上たつが、これほど中途半端で稚拙な中東外交は見たことがない。同盟国の最高指導者を批判するのは本意ではないが、それにしても今回の対シリア政策はあまりにひどすぎないか。

 2008年、オバマはイラク戦争の終結を約束して大統領に当選した。彼の仕事はイラク・アフガンからの米軍撤退と米国内の再建であり、海外での新たな関与や軍事介入には極めて慎重だった。当然ながら、いわゆる「アラブの春」への関与も必要最小限、エジプトでクーデターが起きようが、シリアで内戦が激化しようが、オバマは米国の積極的関与を避けてきた。

 本年6月、そのシリアでの化学兵器使用疑惑が報じられた際もオバマ政権は沈黙を守った。ところが8月に入り、大統領は突然対シリア政策を変更し、「シリアにおける化学兵器の使用はレッドラインだ」と表明する。レッドラインとは越えてはならない一線、すなわち米国の軍事介入を強く示唆する表現だ。

 一体何が大統領を動かしたのだろうか。筆者には見当もつかない。オバマ大統領は冷静沈着な政治家だったはずだが、化学兵器の非人道性を思うあまりの衝動的な発言だったのか。理由は何であれ、大統領の発言は重く、その一挙手一投足には必ず結果が付いて回る。

 オバマ大統領が好むと好まざるとにかかわらず、米国は大国である。大国の最高指導者が一度「レッドライン」に言及した以上、その一線が破られれば、具体的な行動を取らなければならない。軍事力投入を躊躇(ちゅうちょ)すれば、各国はその指導者を信用しなくなり、米国は大国でなくなるのだ。

 さらに理解できないのは大統領が米議会に対シリア攻撃権限の承認を求めたことだ。失礼ながら、この時点でオバマ外交は終わったと感じた。こうした政治判断は外交ではなく、内政である。まして、憲法上米軍の最高司令官である大統領の政治判断の責任を議会関係者にも負わせようとする手法は大国米国の大統領にふさわしくないものだ。

 この判断の外交的悪影響も計り知れない。シリアのアサド政権は一息ついて態勢を立て直せる。どうせ限定攻撃しかできないとなれば、シリアは米国の足元を見る。内戦は続き、化学兵器が再び使用される可能性すらあるだろう。

 米国の迅速かつ毅然(きぜん)とした対応を期待した欧州・中東の関係国も一様に落胆したはずだ。彼らには今後の対シリア戦略を根本から見直す必要があるかもしれない。

 いずれにせよ、この問題は化学兵器使用という非人道的行為に対する国際社会の一致した対応という大義ではなく、今や米国大統領の権威とクレディビリティー(信頼性)の維持という小事に矮小(わいしょう)化されてしまった。

 もはや国連安保理決議採択は不可能。シリア政府のサリン使用が証明されたとしても、世界の関心は問題の本質から既に逸脱している。この責任は残念ながら米国の議会ではなく、大統領自身が負わなければならない。

 それでは米国のシリアに対する限定的・懲罰的軍事介入は非難されるべきかといえば、それは違う。今徹底的に糾弾されるべきはアサド政権の自国民間人に対する無差別サリン攻撃であるはずだ。

 かつて欧州の政治家が「最終的には米国を支持するしかない、たとえ彼らの判断が誤っているとしてもだ」と語ったことを思い出した。米国の大統領が決断した以上、米議会はこれを支持する。いかなる経緯があるにせよ、アサド政権には正しいメッセージを届けなければならない。