メディア掲載  グローバルエコノミー  2013.09.04

米市場の異変と先物取引

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2013年9月3日放送原稿)

1.TPP交渉と関連して、コメなどの農産物が国際価格よりも高いことが問題になりましたが、日本のコメ市場はどのようなものでしょうか?

 コメも他の商品と同じく、価格は需要と供給で決まります。需要が増えると、価格は上がります。逆に、需要が減少すると、価格は下がります。その一方で、供給が増えると価格は下がります。逆に、供給が減ると、価格は上がります。

 これまで、コメの需要量は、傾向的に減少してきました。このため、価格は、長期的には低下傾向で推移してきました。平成13年産米と平成22年産米の卸売価格を比べると、25%減少しています。この価格は突然低下したというものではなく、なだらかに低下していきました。これは、コメの需要、消費が徐々に減少していったことを反映したものです。

 もちろん、農作物の生産は天候などに影響されますから、作柄、供給が変動します。コメの場合、平年作、つまり通常の作柄に比べて、今年の作柄がどうだったかという、豊作、不作の状況を作況指数という数字で表します。作況指数が100であれば、通常の年と同じ作柄です。これより数字が大きいと豊作、少ないと不作となります。

 基本的には、コメの価格は低下傾向ですが、不作になると価格は上昇します。平成15年産は、作況指数90の不作でした。つまり生産量が10%も減少したのです。この結果、価格は、前年産に比べて、30%も上昇しました。このように、需要が減少すると価格は下がり、供給が減少すると価格は上がるということは、コメも他の商品と変わりなく、需要と供給で価格が決まることを意味しています。


2.そのコメ市場にどのような変化が生じているのでしょうか?

 コメの需要に変化はありません。緩やかな減少傾向が続いています。これからは、コメの価格は依然として低下傾向にあることになります。供給についてみると、農林水産省が昨年公表した平成24年産の作況指数は102で、20年産以来4年ぶりの豊作となりました。生産、供給が増えているのですから、価格は下がるはずです。つまり、需要、供給のどちらからみても、コメの価格は下がらないとおかしいことになります。

 ところが、平成24年産米のJA農協と卸売業者の取引価格、つまりコメの卸売価格は、60キログラム当たり1万6千5百円前後で推移しています。前年の23年産米の価格は震災の影響で22年産米よりも20%も高い15,215円という高値をつけました。24年産米はこの23年産をさらに10%程度上回っています。平常年と考えられる22年産米と比べると、実に30%の価格上昇となっています。消費が減り、供給が増えているのに、価格が上がっているという奇妙な状況が生まれています。


3.では、なぜこのような異変が生じたのでしょうか?

 コメについては、生産したものが消費されるまで長い期間がかかるので、農協はいったん農家に仮払いし、あとで清算するという方法を取っています。農協の集荷量が低下しているので、農協は、通常年より高い仮渡し金を提示して、コメの集荷を強化しています。昨年10月、農林水産省も、米価が上がったのは、農協が仮渡し金を上げて、これを卸売業者との相対取引価格に転嫁しているからだと指摘しています。

 しかし、需要と供給からすれば、いずれ米価は下がるはずです。この場合、農協は農家から仮渡し金の一部を返還してもらうことになります。農家は不満を持つはずです。しかし、そうはなりません。

 さきほど、コメは普通の商品と変わらないと言いました。しかし、コメは、政治や政策によって大きな影響を受ける商品だという特徴も持っています。かつては、食管制度によって、政府が生産者米価を決め、コメを買い入れていました。この価格は需要や供給とは全く関係なく高く決められました。このため、生産は拡大して大量の過剰米在庫を政府は抱えることになり、その処理に3兆円もの財政負担を行った上、1970年からは減反政策が導入されました。

 現在では、減反政策で供給を制限して価格を高くしているほか、平成22年産からは戸別所得補償政策が導入され、米価が低下しても農家への保証価格と市場価格との差は全て財政から補てんされるようになりました。

 米価が下がって、農家が農協から仮渡し金の一部の返還を要求されても、農家には国から戸別所得補償が支払われますから、農家は米価低下の影響を受けません。農協が市場価格よりも高い仮渡し金で集荷しても、農家から不満は出てこないことになります。


4.農協以降のコメの流通はどのようになるのでしょうか?

 卸売業者が高い価格を農協に払うと、それを小売価格に転嫁しなければ、卸売業者の経営は圧迫されます。しかし、それは簡単ではありません。小売価格はある程度上昇していますが、十分な転嫁ができない卸売業者は、農協との相対取引価格以外の価格形成の場に注目しています。それはコメの先物市場です。コメの先物市場は2年前に試験的に認可されましたが、農協が参加しなかったため、取引は低迷しました。先物市場の廃止も予想されましたが、ようやく試験期間の延長が認められました。卸売業者はこれを積極的に活用しようとしています。先物市場での取引価格を上回る価格を農協から要求されなくなると考えているからです。(逆に、農協が先物市場に反対するのは、このためです。)

 また、小売価格は上昇しています。この結果、コメの需要はさらに減少しています。ピーク時には1341万トンあった需要量はとうとう800万トンを切ってしまいました。日本のコメ農業の維持発展のためにも、先物市場の活用が必要となっています。