メディア掲載  グローバルエコノミー  2013.08.30

山形農協カルテル事件で報道されない大きな問題

WEBRONZA に掲載(2013年8月16日付)

 山形県の5つのJA農協がコメの販売手数料でカルテルを結んだとして、公正取引委員会が7月30日、調査に入った。
 これに関して、林農林水産大臣は記者会見で次のように述べている。「規制緩和等々の議論をめぐってですね、農協というのは独占禁止法が全く除外されてるんだというようなですね、まあ、事実誤認の議論がありまして、まあ、ある意味では、こういうことがきちっとですね、農協にもカルテルという疑いで公取が入るということがあり得るんだということが一つ明らかになったと、まあ、こういうことが一つはあるのかなあと、こういうふうに思います。」
 農林水産省は、独占禁止法の適用除外問題など、農協について規制改革会議などでさまざまな注文をつけられる可能性がある。その予防線を張った発言だろう。これは林大臣の考え方というより、この問題について事前に説明した農林水産省の事務方の考えだろう。ウソではないが、農協と独占禁止法を巡る根本的な問題から話をずらしている。


 まず、基本的な法律制度を説明しよう。
 独占禁止法では、カルテル(共同して生産したり、販売したりすることなどで競争を制限する行為)は禁止されている。しかし、小規模事業者等が協同組合を組織する場合には、独占禁止法の適用除外が認められ、カルテル行為は許されている。
 この趣旨は次のようなものである。単独では大企業に伍して競争していくことが困難な小さい事業者や交渉力の弱い消費者も、共同して生産や販売、購入をすれば、形式上は独占禁止法に違反することになる。
 したがって、このような事業者などが互いに助け合うことを目的として、協同組合を組織した場合には独占禁止法の適用を受けないようにして、市場で有効に競争したり、取引したりすることができるようにしたものである。あくまでも小規模事業者の救済である。


 しかし、それでは、今回山形県の農協はなぜカルテルを結んだとして独占禁止法違反を問われたのだろうか。
 独占禁止法の規定(同法第22条)では、A農協が農産物の販売価格を決めて、傘下の組合員である農家に守らせるという行為は、組合員同士のカルテルであっても、独占禁止法違反ではない(ケース1)。
 しかし、A農協、B農協、C農協、D農協という農協同士が集まって、農産物の販売価格を決めて、農協同士が相互に守るという行為は、独占禁止法違反のカルテルとなると解釈・運用されている(ケース2)。
 これに対して、農協の連合会(県の経済連やJA全農)が農産物の販売価格を決めて、(A~D農協を含む)傘下の農協に守らせるという行為は、独占禁止法違反ではない(ケース3)。
 これは、都道府県レベルや全国レベルの連合会などの巨大事業体も、独占禁止法の適用除外を認めた同法第22条で、(ケース1)の末端の農協と同様、独占禁止法の適用除外を受けることができるようになっているからである。
 今回の場合、(山形県のJA連合会や)JA全農が販売手数料を決定し、傘下のJAにこれを守らせるようなカルテルを結ばせていれば、独占禁止法違反とはならない。山形県のJAは、このような独占禁止法の仕組みを知らなかったために、違反事件を起こしたに過ぎない。


 小さな農家が集まって共同して生産したり、販売したら、形式上独占禁止法違反を問われてしまうので、協同組合を作れば、独占禁止法に違反しないようにしようというのは理解できる。しかし、山形の事件が示唆するように、個々の農協がカルテルを結べば違法でも、JAの連合会という巨大事業体であれば、独占禁止法の適用除外を受けることになる。
 JAの市場でのシェアは、農産物で見ると、米で50%、野菜で54%、牛肉で63%、農業資材の販売でみると、肥料77%、農薬60%、農業機械55%となっている。
 力の強い大企業に対抗できるように認められたのが、独占禁止法の適用除外だが、三井物産や三菱商事などの大企業さえ、JAの活動を見ながら行動しているというのが、現実である。大手商社よりも全農の方が市場支配力ははるかに勝っている。
 しかも、商社と異なり、JAは銀行業務も保険業務もできるうえ、銀行や保険の分野でも巨大な企業体である。商社としての活動に加え、銀行、保険の各業界分野で、第2位の地位を争うようなJAというコングロマリット(複合事業体)は、我が国最大の巨大事業体なのかもしれない。これに独占禁止法が適用されないことが、果して妥当なのだろうか。


 今回の事件のもう一つの重要な側面は、このカルテルは誰に対して向けられたのかという点である。
 販売手数料とは、農家に農産物の販売を代行して行うというサービスを提供することに対する対価である。つまり顧客は農家である。農家はJA農協の組合員であり、主である。株式会社であれば、株主である。農家のための組織であるJAが、独占禁止法によって守られた独占的な権利を主である農家に対して行使したのである。これは、JA農協が農家のための組織ではないことを如実に物語っている。