はじめに
平成25年4月26日、新しい海洋基本計画が閣議決定され、その重点課題として「海洋産業」の振興と創出が取り上げられ、海洋エネルギー・資源開発の商業化へ向けた中期目標と今後5年間の取り組みが明記された。また、成長戦略である「日本再興戦略」においても海洋資源開発と海洋再生可能エネルギーの推進が明記された。わが国の海洋産業は新しい局面を迎えることとなった。
海洋産業振興と創出
新しい海洋資源開発の産業を創出していくことは、資金的にも技術的にも、また時間的にも陸上に比べてはるかに困難で、ステップを踏んだ展開が不可欠である。このステップとは、表1に示すように、まず「政策目標」と「法整備」があり、次に「基盤の構築(R&D)」である。その上に実海域でのパイロットプラント実施などの「事業化」のプロセスがある。そのようなステップを着実に実行することにより、国際競争力ある産業技術が構築され、商業化への見通しを得ることができる。わが国の造船・海運・海洋土木・機械・プラント産業の技術基盤は強固で、開発力もある。これを海洋開発に向け、実績を積むことでエンジニアリング能力をつけ、国際競争力のある産業にできる。
海洋産業の振興すべき分野は、第一に、現在最も巨大な市場で成長を続ける海洋石油天然ガス市場である。この市場に参入し国際競争力をつけておくことは、今後のわが国の排他的経済水域における海底資源開発についても海外企業に依存しない海洋産業の創出につながる。そのために国が行うべき産業振興策として以下の施策を実施すべきである。
(1)近海の掘削事業に、民間企業の参加を促し、実海域での経験を通じて基盤技術を構築する。
(2)深海底(subsea)開発分野の強化が特に重要である。ますます大水深化・高度化するこの分野の技術基盤を中長期にわたるR&Dプログラムによって強化する。
(3)海外の資源産出国のプロジェクトにわが国企業が資材・機材の研究開発をオペレーターと共同で行い、技術開発力を高め、また、外国のオペレーターや資機材供給会社に資本参加するような機会を支援する。
(4)わが国の資源開発、掘削、エンジニアリングおよびオペレーター、コントラクター(資機材供給企業)などがコンソーシアムなどの適切な連携等により、資源産出国における資源開発プロジェクトに積極的に参画することを支援する。
(5)わが国の海洋資源関連産業強化のために、国際協力銀行等の機能を活用し、また、産業革新機構の資本参加を通じて、海外企業との連携、M&Aおよび資源・エネルギー権益確保のための支援を行う。
産業化のための課題
海洋石油天然ガス市場の次に規模の大きい市場に成長するのは、海洋再生可能エネルギー分野である。近年、欧米では明確な政策目標の下に大規模な導入を図り、その市場規模も導入目標も陸上の風力発電に匹敵する規模に成長しつつある。再生可能エネルギー発電の重要性が今後とも高まる一方で、陸上には立地上の限界があり、洋上風力発電の役割は大きい。着底式はすでに商業化の段階にあり、浮体式もわが国は優れた技術を持つ。海流・潮流発電も事業化の段階にある。送電ロスの少ない直流送電網などのインフラ整備を進め、固定買い取り価格設定などのインセンティブを与えれば、規模の大きいグローバルな産業へと成長できる分野である。海域利用に関する調整や法整備が不可欠な課題である。
メタンハイドレードと海底鉱物資源開発は、わが国の排他的経済水域内に資源が存在する。資源探査とパイロットプラントを独自に展開することによって国際競争力ある産業技術を育てあげ、新しい海洋産業を創出できる分野である。先にメタンハイドレートは海上産出試験に成功し、今後10数倍のスケール・アップを重ねて商業化へ向かう。その中で想定される困難な技術課題を解決するため、産業界が持つ経験・技術開発力・スピードなどを導入していく必要がある。海底鉱物資源の開発では、事業化の判断に必要な資源量評価がいまだ不十分な状況にある。官庁船に民間の調査船も加えた広域的・徹底的な探査・調査事業を行い、産業化のための資源量把握が最重要課題である。産官学の専門家が鉱量や性状に関する情報を共有して、海底資源の産出に必要な機器の開発を独自に同時に進めながら、実際の海域における事業化へスピードをもった展開が必要だ。
海洋産業人材の育成
海洋産業のうち、特に、世界で活発化している海洋資源関連産業に関わるエンジニアリング会社、掘削会社や海運会社は深刻な人材不足に直面している。一方、人材を供給する大学では、当該分野に関連する資源工学、船舶工学、海洋工学や、商船などの学科等が廃止や縮小されつつあり、これに伴い海洋産業の将来を担う技術者の払底は海洋産業にとって極めて深刻な問題となっている。海洋に関する教育を行う大学・高専教育、専門職大学院教育の再構築は、産業界から要請がきわめて強い。
欧米の大学や研究機関では、資源工学や海洋工学の分野での教育活動や研究活動は健在かつ活発である。韓国や中国では、海洋産業や造船産業の人材育成は官民を挙げ、わが国と比べて桁違いの規模で展開されている。人材育成が海洋産業強化策の中核の一つとして実行されているのである。海洋産業の発展のためには人材育成が喫緊の課題であり、優秀な学生に世界の海洋開発の最先端の動向等を教え、グローバルな海洋産業人へ志向させる充実した教育システムを構築する必要がある。海洋開発の技術開発やオペレーションはますます高度化・複雑化し、技術競争も激化しており、資源開発企業・エンジニアリング企業・オペレーター企業等のニーズを踏まえ、新たなる海洋開発人材育成機関の設置が急がれる。しかしながら、わが国の既存の教育・研究組織の補強だけではこのような新しい分野の開発に対応するには限界がある。教育・研究・技術開発を同時に行う、新しい組織と陣容の整備が必要である。新しい深海底技術や実海域での掘削演習やプラント運用、さらにグローバルな専門技術者養成は重要な課題である。
新しい海洋基本計画においては、「中長期的な観点から今後発展が期待できる海洋に関する産業分野の人材や技術の専門家を養成・確保するため、産業界や国の関係機関等における技術開発と大学等における教育・研究が連動して一体的に行われる取組を推進する」と明記されている。人材育成と産業技術基盤の構築を同時に実行するような組織の構想と計画の策定を産官学で行い、その実現に向けたプログラムを早急に策定し、実現すべき時である。海洋に関わる大学と独立行政法人は共同で研究開発機能を飛躍させる、またとない機会と捉えることができるのである。(了)