メディア掲載  グローバルエコノミー  2013.08.06

TPP交渉と日本の参加

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2013年8月6日放送原稿)

1.我が国も7月末TPP交渉に参加しました。この時点での参加をどう評価しますか?

 3年くらい前から、検討が始められたにもかかわらず、交渉参加は遅れました。このため、10月に交渉が妥結されるとすると、7月の交渉の一部に参加できたとしても、本当に議論に参加できるのは残る一回の会合しかなく、日本は交渉に実質的には関与できないかもしれないという懸念がありました。

 私は、交渉参加が遅れた原因は、TPPなどの自由貿易協定の本質が国民の間に十分理解されなかったためではないかと考えています。

 自由貿易協定とは、協定に参加する国の間だけで関税を撤廃したり、貿易や投資の円滑化を図ろうとするものです。参加すれば大きなメリットがあるのですが、逆に参加しないと大きな不利益を被ることになります。2年前、当時の野田総理がTPP交渉参加に向けて関係国との協議に入ると表明したとたん、カナダ、メキシコの大統領や首相がその場で参加表明をしたのは、日本も入る広大な自由貿易圏から排除されることに対する恐怖からでした。

 最近では、中国もTPPを無視できなくなりました。習近平国家主席がオバマ大統領にTPPについての情報提供を求めました。これは日本が参加したことの効果です。ドミノという遊びがありますが、自由貿易協定が大きくなると、これから排除されることを恐れて、次から次へと参加を表明する国が増えてきます。もし、アメリカに加え、中国もTPPに参加していたなら、日本は大きな自由貿易地域から排除されることになりますから、TPPに参加しないという反対運動は盛り上がらなかったと思います。


2.TPPに参加して、どのようなことが分かったのでしょうか?

 政府は事前にTPP参加国から情報を収集していましたし、また、アメリカの通商交渉の情報誌から、かなりの情報が流れていましたので、交渉者としてある程度の準備はできていたのだと思います。全くのゼロからのスタートではありませんでした。

 交渉がそれほど進んでいないことは、事前にもわかっていたはずです。日本国内では、かなりの分野で交渉は終了していると報道されていましたが、事務レベルの交渉で、まずまとまるのは、各国とも異論がないところ、つまり簡単なところから合意されます。利害が対立するところの合意は簡単ではありません。例えば、先進的な企業の医薬品開発の利益を特許で保護したいとするアメリカと、特許期間が延びることで医薬品の価格上昇を負担することとなる途上国では、なかなか合意できません。

 4月の終わりに、ニュージーランドの貿易大臣と会いましたが、農産物の関税撤廃など、市場アクセス交渉は全く進んでいないので、交渉参加が遅れても、日本は全然心配する必要はないと言っていました。例えば、アメリカは砂糖の関税をオーストラリアに対して維持しようとしていますが、オーストラリアは断固反対です。このような政治的な事柄は、いくら事務的に議論したとしても、平行線のままです。交渉妥結のギリギリになって、政治的な決断によってようやく決まる事柄です。ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉では、交渉終了の直前に細川総理がコメの部分開放を決断しました。


3.日本は農産物5品目について関税撤廃の例外を要求していますが、市場アクセス交渉はどのようにして進められるのでしょうか?

 投資や貿易のルールについては、TPPに参加するどの国にも同じルールが適用されますから、基本的には全ての国が参加する全体の会合で議論され、決定されます。

 市場アクセス交渉については、どれだけの数の品目を例外にするかという交渉の枠組み、ルール的なものについては、全体会合で議論されると思います。しかし、どの品目を例外にするかということになると、各国とも品目によって利害関係はまちまちなので、全体会合で議論することにはなりません。

 例えば、日本は他の国に自動車の関税をなくすよう要求しますが、農産物の関税は維持したいと言います。ベトナムは他の国にコメの関税撤廃を求めますが、自国の自動車の関税はできる限り維持したいと考えます。このため、各国は2国間で、この品目を自由化してほしいというリクエスト、要求をし、この品目なら自由化できるというオッファー、譲歩をしながら、交渉が進められます。これをリクエスト・オッファー方式と呼んでいます。こうした2国間交渉の結果を積み上げたものが、最終的なその国の約束になります。

 全体会合で、コメについて、乳製品について、麦について、とか品目ごとに関税を撤廃するかどうかが議論されるのではありません。日本はカナダと連携して乳製品の関税を維持するよう交渉できるのではないかという報道がなされていますが、おそらくそのような交渉とはなりません。乳製品については、アメリカはカナダには関税をやめるように要求していますが、ニュージーランドに対してはアメリカの関税を維持すると言っています。全体会合で、乳製品の関税を維持するか撤廃するかのどちらかに統一的に決めてしまうと、アメリカは困ってしまうことになります。そもそも、日本にとって、乳製品は守ってコメは守らないという政治的な選択はありません。

 しかし、本当に守るべき国益とは何か。農業の維持・振興なのか。関税という手段なのか。農業を振興するのに、アメリカやEUが行っているように、関税ではなく、政府による直接支払いという方法はなぜ採れないのか。交渉妥結まで、真剣に議論すべきだと思います。