メディア掲載  グローバルエコノミー  2013.07.11

日本農業の可能性

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2013年7月9日放送原稿)

1.TPPに参加すると農業は壊滅すると主張されます。

 自民党TPP 対策委員会は、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖などの甘味資源作物の農産物5品目を関税撤廃の例外とし、これが確保できない場合は、TPP交渉から脱退も辞さないと決議しました。また、衆参両院の農林水産委員会も同様の決議を行っています。

 農業界も、「日本の農業は、土地が少なく、農家の規模も小さいので、アメリカやオーストラリアの農業とは競争できない。」と主張してきました。だから関税で国内市場に海外の農産物が入ってこないようにしようというのです。しかし、国内市場は高齢化と人口減少でどんどん小さくなることは、はっきりしています。仮に、TPPで関税撤廃の例外が認められたとしても、日本農業は衰退するしかないということになります。


2.日本の農業に可能性はないのでしょうか?

 このような議論には、日本農産物の競争力はないという前提があります。競争力という場合、コストだけでなく品質も重要です。自動車に高級車と低価格の軽自動車がありますが、農産物でも同じです。香港では、同じコシヒカリでも日本産はカリフォルニア産の1.6倍、中国産の2.5倍の価格となっています。世界で貿易されるコメのほとんどは、アフリカ、南アジアなどの低所得国向けの低品質米です。

 我が国はベンツやフォードを輸入しながら、トヨタ、ニッサン、ホンダなどを輸出しています。アメリカは350万トンのコメを輸出しながら、ジャスミン米という高級米を中心に80万トンのコメを輸入しています。かりに外食用の一部に10万トン輸入されたとしても、100万トンの高品質米を輸出すればよいのです。品質の劣る低価格米を恐れる必要はありません。

 規模が大きい方がコストは低いのは事実ですが、国ごと地域ごとに土地の肥沃度が異なるので、作物も生産性も大きく違います。土地が痩せているオーストラリアでは主に草地で牛を放牧しているのに対し、アメリカはトウモロコシ生産が主体です。アメリカは、ハンバーグ用の低級牛肉はオーストラリアから輸入する一方で、トウモロコシで育てた高級牛肉は日本へ輸出しています。日本が主として作っているのはコメです。

 アメリカやオーストラリアと競争できないという議論には、関税が撤廃され、政府が何も対策を講じないという前提があります。EUもアメリカの10分の1、豪州の200分の1の規模ですが、高い生産性と直接支払いで小麦を輸出しています。イギリスでは、一面積当たりの小麦の生産量はオーストラリアの5倍です。つまり、生産性は5倍なのです。

 近年国際価格の上昇により、内外価格差は縮小し、必要となる直接支払いの額も減少しています。現在の価格でも、台湾、香港などへコメを輸出している生産者がいます。高い品質のコメが、生産性向上と直接支払いで価格競争力を持つようになると、鬼に金棒となります。


3.よく「自然に影響される農業は、工業とは違う。」と主張されます。

 確かに、農業は季節によって農作業の多いときと少ないときの差が大きいため、労働力を年間通して安定的に使うことが難しいところがあります。コメでいえば、田植えと稲刈りの時期に労働は集中します。忙しい時期に合わせて雇用すれば、他の時期には労働力を遊ばせてしまい、大きなコストがかかります。

 傾斜農地が多い中山間地域は、条件が不利だと言われていますが、標高差があるので、田植えと稲刈りにそれぞれ2~3カ月かけられます。都府県のコメ作の平均規模は0.7ヘクタール程度なのに、これを利用して、夫婦二人で10~30ヘクタールの経営を実現している例があります。

 野菜でも、農業に参入した企業が、鳥取県の干拓地から大山山麓までの800メートルの標高差を利用して、70ヘクタールの農地で、ダイコンの周年栽培を実現しています。

 さらに、日本は南北にも長いという特徴もあります。同じ野菜を作っても、各地の農場で作付け期間はずれます。九州から北海道まで農場を持って、農場の間を従業員や機械を移動することで、労働を有効活用し、機械の稼働率向上を図っている経営もあります。コメ、野菜、畜産等を組み合わせる複合経営のねらいも同じです。つまり、農業を工業の生産工程に近づけようとしている農業経営が成功しているのです。


4.我が国が得意な先端技術を使った農業の例はどうでしょうか?

 農地には肥料分にバラツキがありますが、農地を細かく分けて必要な部分に必要な量だけの肥料を投入すれば、無駄なコストを節約することができます。このために、先端のIT技術を活用した精密農業といわれるやり方も普及しつつあります。具体的には、GPS、衛星情報を活用し、農地の位置、面積を正確に測定するとともに、土壌センサーにより土壌成分を調査した結果などを、地図に落とし、小区画ごとに肥料の使用量を多くしたり少なくしたりできるようにします。また、わずかな気象情報を探知するロボットを農場に設置して、病害虫の発生を予測することで、無駄のない農薬散布を実施できます。さらに、地域ごとに自然条件が微妙に異なることから、これまで蓄積された篤農家などの地域農業技術を集めて、気象が変化したようなときに、農家の求めに応じて対応策を提供するというシステムも研究されています。

 現在では、農業者がITなどの先端技術を使いこなせなければ、先進的な農業に対応できなくなっていると言ってもよいと思います。しかもこうした取り組みが広がっています。

 農業の生産性は、単に土地の広さだけで決まるものではありません。日本の独特の気候風土や高い工業技術を活用することによって、農業の可能性を広げることができると思います。