コラム 外交・安全保障 2013.07.04
朴槿恵大統領が6月27日から30日まで訪中した。中国の歴史、古典に並々ならぬ関心と知識を有し、中国語も得意の朴槿恵大統領は、習近平主席との会談、清華大学での講演などを通じて、中韓両国の友好関係増進に朴槿恵大統領ならではの役割を果たしたようである。中国の各紙がきわめて好意的に報道したのも当然である。
日本のメディアもかなり大きく報道したが、これまで韓国の新任大統領は米国の次に日本を訪問していたのに今回は中国だったこと、清華大学では、「現在、北東アジア情勢は非常に不安定だ」「域内国家間の経済的な相互依存は拡大しているが、歴史や安保問題をめぐる葛藤と不信により、政治・安保協力はそれに及んでいない」などと日本を念頭に置いたと見られる厳しい発言を行なったこと、約百年前、日本が朝鮮への干渉を強めることに反発して伊藤博文をハルピン駅頭で暗殺した安重根の記念碑建設を中国に求めたことなどがあったため、今回の訪中は日本側に複雑な波紋を投じ、朴槿恵大統領は度を越して「親中反日」に傾いたと思った人もあるだろう。一部には「日本はずし」などと感情的な反発を口にする人もいる。
しかし、日本としては、歓迎できないことがあった場合こそ、冷静さを失わないで客観的に事態を観察するよう努めなければならない。中韓両首脳は会談後の共同声明で、「地域協力と国際協力では、中韓日3カ国の協力がそれぞれの発展と北東アジアの平和、共同繁栄にとって極めて重要である。そのため中韓双方は、3カ国首脳をはじめとする3カ国協力体制を安定的かつ前向きに促すべきであり、今年の第6回中日韓首脳会議の円満な開催のために共同で努力する」と述べている。これは経済面での協力に限っての発言でなく、政治面においても日本との協力が重要であることを謳ったものであり、中韓両国が歴史問題を強調して共同戦線を張っただけでないことが窺われる。
第三者の角度から見ることも参考となる。以下に紹介するのは、6月29日付の「旺報」に掲載された短い論評である。これは台湾の新聞であるが、中国でビジネスを行なっている「旺旺グループ(かつて日本の製菓企業の協力を受け成長した)」が経営しており、中国にも一定の理解があることで知られている。
「(見出し)韓国の一石二鳥 台湾と北朝鮮に対処する」
「朴槿恵大統領の今次訪中は韓国にとって重要な出来事であった。片方は経済戦略、もう一方は政治、安全保障と分野は異なるが、韓国は『一石二鳥』式に台湾と北朝鮮の問題に同時に対処した。
朴大統領は北京滞在中、『中韓商務協力論壇』における演説で、中韓自由貿易協定締結の重要性を強調した。27日の首脳会談では、両国ともその締結の必要性を認めあい、署名へ向けて努力すべきことで意見が一致した。
かねてから、韓国の産品は台湾の産品と競争関係にあり、台湾が大陸と中台経済協力枠組み協定を締結した(自由貿易協定のこと。2010年締結)ことは、韓国の経済界を緊張させていた。さらに、それから3年も経ずして中台双方は『両岸サービス貿易協定』を成立させた(2013年6月)ので、中国へ進出している韓国企業は居ても立っても居られない状況に陥っていた。このようなことから、朴槿恵大統領は、今次訪中により中韓自由貿易協定の締結交渉を早め、韓国の大陸における利益の拡大を図ったのである。
安全保障の面では、李明博政権が北朝鮮に強硬姿勢で臨んだのと異なり、新政権は北朝鮮に対して前政権より柔軟であることを示し、中国の立場に接近する姿勢を見せた。朴槿恵大統領が強調した『半島における信頼醸成』は、北朝鮮の核問題を話し合いで解決しようとする方針を述べたものである。
このような態度をとることにより、中国に対して、韓国は物分かりがよいが、北朝鮮は『トラブルメーカー』であるという印象をきわだたせ、北朝鮮が中国との関係でも受け身にならざるをえないように仕向けたのである。」
朴槿恵大統領の訪中が台湾に対していかなる意味合いを持つか、この論評から明らかであろう。
一方、北朝鮮については若干補足的な説明が必要である。すなわち北朝鮮は、昨年末に「人工衛星」と称するロケットを発射し、今年の2月には核実験を行ない、3月には休戦協定を破棄するなどあまりに好戦的な姿勢を取ったので、中国にとっても頭の痛い問題となっていたところ、朴槿恵大統領としては、中国の立場に理解を示し、中国と歩調をそろえることにより、結果的に、北朝鮮に対して強面で対するよりも強い立場に立とうとしたという意味なのであろう。
朴槿恵大統領の訪中後、北朝鮮は、「朴大統領はわれわれの尊厳や体制を侮辱した」などと名指しで批判し、また、核開発を進める北朝鮮を朴大統領が「自ら孤立を招く」などと発言したことを「容認できない重大挑発だ」と非難し、「核は正義と平和の盾であり、民族の財宝だ。どんな場合も駆け引きの対象にならない」など、例によって強硬な発言を続けているが、これがすべてではないであろう。朴政権に対して北朝鮮がどのような方針で臨むのか、いましばらく様子を見ていく必要がある。